23回 アート部門 講評

審査の先に見るべきものを考える

文化庁メディア芸術祭は、応募に対する受賞評価がメインであり、年度によるテーマ設定や企画性は薄いため、応募作品による時流の傾向を反映するしか特徴を顕すことが難しい。しかしそのなかで、アート部門に関しては、受賞作品の展示性を強化することでメディアアートの特異性をバックアップすることが可能であると審査委員担当の3年間に考えてきた。アート部門の応募数は前年に対してやや減少したが、その理由として、映画的なストーリーテリングベースの映像作品の数が、前年の評価傾向から応募が少なくなったことがあると思われるが、その分、メディアインスタレーション、サウンドアート、バイオアート、AI関連などの特化された多彩な領域はそれぞれ増えており、ニューテクノロジーおよびサイエンスの未来形を、必然的にも批評的にも取り込んでいく情報アートまたは情報デザインが中心軸、という認識は高まってきたことがうかがえる。「メディア芸術」という総合概念が、世界的に見ると普遍的ではないだけに、そのなかのアート部門として、明確な特徴がようやく発現できはじめているのは有益なことではないか。浅く広くの既存芸術領域のカバーやパッチワークの繰り返しでは、その先の創発性や特異性への展開は期待できないからだ。メディアアートの意義は、このジャンルの確立、掘り下げだけでなく、これまでコンテキスト化されてきていないアートの新領域をテクノロジーやサイエンスのクロスオーバーから鉱脈開拓する、あるいは既定の歴史主義をアップセットしリニューアルする、といった役割がある。今年度はさらに例年の賞のほかに、ソーシャル・インパクト賞が加わり、ソーシャルデザインの視点からテクノロジーとアートの共有点を見出す方向性も、応募の軸のなかに今後強化されていくことが期待される。上位受賞の作品は、本年秋の文化庁メディア芸術祭において、展示が予定されているが、昨年あたりから、それらの展示機会自体の評価や展示内容やインスタレーションのクオリティの本格化重視を強めたいという審査委員の希望もあり、受賞結果の表彰だけでなく、やはり作品を現在の東京という現実的な社会のなかでパフォーマティブな次元で主張する機会のサポートをより強調していくことへのシフトである。特にメディアアートは、作品はコンセプト的にも、開発的にも実装においてアップデートが可能な領域であり、応募受賞時点での作品が展示時点でよりバージョンアップ、スケールアップしたもので展示される可能性があっても良いと考える。今回の受賞評価には、作品が実際に展示された時のインパクトも想定して考慮されている点がある。以上のようなアート部門の審査背景の変化が起こっていくなかで、今年度の印象は、特化されるメディアアート領域内での多様性が定着してきたが、その分、予想を超える構想やサイエンスの援用といった驚きを含んだ作品はあまり見られなかった点がある。メディアアートが、民生化されたテクノロジーをベースに展開されていることから、個人や学生がアクセスしやすい技術環境の共有や普及が比較的容易化されつつあるが、その反面、特殊な構想や実験性からのみ発現する作品の突出力は弱まり、大なり小なりの類似物が増えていくことは否めない。そのなかで、大賞受賞となった『[ir]reverent: Miracles on Demand』は、バイオアートを歴史文脈から新たに俯瞰しようとするもので、キリスト教の教会慣習や象徴性をバイオアートの視点から解読した結果の齟齬や問題を具体化している。バイオアートによる大賞は初めての例になる。作品の実現化までの数年の研究が背後にあり、表象形態もバイオ兵器的なポータブルパッケージ化している点もシニカルであり批評的だ。上位評価の映像作品では、ス トーリーテリングの要素よりは、今後の5G世代に一般化してくるであろう高解像度表象における3D的表現の追求が傾向としてあり、さらに特殊ドーム型シアターでの上映環境がインフラ前提としてあるなど、ユニークなインフラとオリジナルコンテンツ制作のセットという、従来の知覚環境とは異なる制度的な進化も読み込まれ始めた予兆が見て取れるかもしれない。ソーシャル・インパクト賞を受賞したネットワーク作品『SOMEONE』は、eコマース上で実装化されているAIサービスセンターの機能や構造の位置を、実際の生身の人間(鑑賞者)に代入置換させることで、ブラインドとなっているリアリティやIoT的なモノ世界の固有性を喚起させていく批評力の高いものである。鑑賞者としての人間も、透明な超越的位置に安穏逃避していることはできないのである。優秀賞のなかでは、『Soundform No.1』は、アプローチはややレトロな19世紀の忘却された科学発見に基づいたシンプルでフィジカルなサウンドアートだが、従来のサウンドアートやサウンド彫刻とは異なる、ビックデータを処理する知覚からアプローチしたときの緻密な解像度が前提となってフィードバックされてくる、リアルな物理世界と複雑性、集合性の発見が基軸に発想されており、ハード装置の設計や制御の精緻さも相まって、ソフトウェア偏重なデジタルアートの傾向を打破する、現在的な感覚性と新鮮度を導入するものに、私には感じられた。

プロフィール
阿部 一直
キュレーター/アートプロデューサー/東京工芸大学教授
1960年、長野県生まれ。東京藝術大学美術学部藝術学科美学専攻卒。90 ~ 2001年キヤノン株式会社「アートラボ」プロジェクト専任キュレーター。古橋悌二「LOVERS」(京都芸術センター、2016)、 三上晴子「molecular informatics」(山口情報芸術センター[YCAM]、2011)など、数々のオリジナルプロジェクトを手掛ける。01年より山口情報芸術センター[YCAM]開館準備室、03年~17年3月山口情報芸術センターアーティスティックディレクター、副館長兼任。YCAMでは、池田亮司「supersymmetry」(2014)、C.ニコライ+M.ペリハン「polarm」(2010)、グループ展「コロガル公園シリーズ」(2016)など数多くのオリジナルプロジェクトをキュレート/プロデュース。06年ベルリン「transmediale award 06」国際審査員。09年台北「第4回デジタルアートフェスティヴァル台北/デジタルアートアワーズ」国際審査員、14年~16年文化庁芸術選奨メディア芸術部門選考審査員。17年韓国光州市ACC「第3回ACC Festival」ゲストディレクター。