23回 エンターテインメント部門 講評

エンターテインメントは2020後のディストピアにいかに抗いうるか

かつて大友克洋が『AKIRA』で描いた2019年のネオ東京は、巨大な人為的エネルギーの暴走がすべてを一瞬にして灰燼に帰したのち、再び日本が焼け跡の混沌からやり直す可能性を祝祭的に示唆した、終末のユートピアであった。対して私たちが経験した現実の2019年に現出したのは、新海誠『天気の子』のモチーフにも通ずるように、たび重なる自然災害と微細な人為的エラーの集積がずるずると日常を蝕み、前世紀の成功体験への郷愁と拘泥が真綿で首を絞めるように社会環境を劣化させていく、さしずめ反動のディストピアだ。2020年に入ってからは思いもかけないCOVID-19のパンデミックで世界は一変したが、文化をめぐる不穏の基調に変わりはない。改めて2019年時点の脈絡を思い返せば、とりわけ筆者の当事者意識において見過せなかったその赤裸々な兆候こそ、同年夏のあいちトリエンナーレの展示作をめぐる一連の騒動にほかならない。多様な創造と発信をエンパワーメントするはずだったネットメディアの未成熟な普及は、今や気に入らない他者の表現を恫喝するための同調圧力と化した。そんな炎上世論の空気に事後検閲的におもねるかのように、あろうことか文化庁は9月、同展への補助金交付を不可解なロジックで撤回。まさに作品公募中だったメディア芸術祭のブランディングにとっても、これは深刻なダメージになりかねない悪手だったと懸念した筆者は当時、宮田亮平長官と萩生田光一文部科学大臣宛に再考を促す意見書を提出した。本件はその後の2020年3月、申請者である愛知県側との交渉を経て減額のうえ交付される方針に軌道修正されたものの、この国の文化行政への不信を招いたことへの抗議の意は、改めてここに表明し直す。なぜなら、禍根を残した文化庁のこのやらかしをいかに挽回し、少しでもましな文化状況の回復に資せるかを、任期最後となる3年目の審査の何よりの優先基準に据えざるをえなかったからである。だから、第20回の『シン・ゴジラ』『Pokémon GO』、第22回の『チコちゃんに叱られる!』『TikTok』といった明白に社会現象レベルの話題作がなかった今回の受賞候補のなかで、筆者としては『amazarashi武道館公演『朗読演奏実験空間"新言語秩序"』』を、強く大賞に推した。SNSがもたらした相互検閲的な言論ディストピア状況を、楽曲の合間に朗読される短編小説できわめて直裁に諷刺し、公演に参加する観客たちをスマホアプリを駆使して架空の「検閲への抵抗運動」に見立てたこの世界観に最高賞を与えることができれば、あいちトリエンナーレの件への応答として、せめてもの自浄的なメッセージになると考えたためだ。が、力不足でこうした主張文脈への共感は呼べず、今回の主要候補で唯一、東京五輪2020の機運に即した作品だった『Shadows as Athletes』のローコンテクストでミニマリスティックな視点発見の映像美の方が審査委員多数の支持を集め、大賞に選ばれた。昨年の『チコちゃんに叱られる!』授賞阻止断念につづき、個人的には2年連続で一人推し負ける側になり、なんともくやしい......。くやしさついでに敷衍すれば、この授賞は2020年という時宜において、ジョージ・オーウェルとレニ・リーフェンシュタールの末裔が二択で競り、最後の最後で我々は後者を選んでしまったということでもあったのかもしれない(そして本当に2020年のオリンピックが「影」になってしまったのは、どこまで皮肉な顛末か......)。他方、都市と広告の関係をハックするかたちで移動体験のアジールを穿つ『移動を無料にnommoc』が初のソーシャル・インパクト賞を獲得したことも、エンターテインメントの未来を展望するうえで重要だろう。第21回審査講評で筆者はエンターテインメントが「日常生活に融けゆく」作用について指摘したが、その先に「現実そのものを組み換えていく」役割がますます強まっていく道筋が、本サービスや審査委員会推薦作品の数々には垣間見えるからだ。それが閉塞への抗いとなるか、はたまたディストピアのますますの強化を招くのか。そうした遊び手としての人間の本性を見つめ直すにあたり、まさかネオ東京五輪「中止」の予言までが現実化したこのタイミングで、芸能山城組を率いて「行動する文明批判」の実践を半世紀近く重ねる山城祥二氏を功労賞に選出できたことは、何よりの僥倖だった。

プロフィール
中川 大地
評論家/編集者
1974年、東京都生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科博士後期課程単位取退学。ゲーム、アニメーション、ドラマなどをホームに、日本思想や都市論、人類学、情報技術などを渉猟して現実と虚構を架橋する各種評論などを筆。カルチャー批評誌『PLANETS』副編集長。著書に『東京スカイツリー論』(光文社、2012)、『現代ゲーム全史 文明の遊戯史観から』(早川書房、2016)。共著・編著に『思想地図vol.4 』(NHK出版、2009)、『あまちゃんメモリーズ』(PLANETS・文藝春秋、2013) など。村上隆監督のアニメーション作品『6HP』に脚本・シリーズ構成で参加。