25回 マンガ部門 講評

日本のマンガは 「スタージョンの 法則」を越えていく

マンガ好きとはいえ審査のためにこれほど多くの候補作品に目を通すのは苦行になるだろうと覚悟していたが、砂糖壺に落ちたアリのような多幸感を味わった。驚いたのは候補作の高水準ぶりで、ほぼ無名作も含めて駄作がひとつもない。私基準で「おもしろい」「すごくおもしろい」「超絶おもしろい」の3段階評価しかなかった。「90 %は駄作」というスタージョンの法則は、現代日本のマンガにはあてはまりそうにない。今が黄金期という意味ではなく、まだまだ進化は続いていくだろう。今回のラインナップを見てそう確信した。
大賞作品の持田あき『ゴールデンラズベリー』は、あまりにも特異なキャラ設定と豪腕ともいうべきスピーディーな展開で一気に持って行かれる読み味がある。ジャンルとしての少女マンガらしさを保ちながら、男性読者をも惹きつける魅力があった。
優秀賞の西村ツチカ『北極百貨店のコンシェルジュさん』は、絶滅動物が買い物に来る百貨店という奇想が高野文子もかくやという筆致で描かれる端正きわまりない作品だ。同じく優秀賞のティー・ブイ『私たちにできたこと──難民になったベトナムの少女とその家族の物語』は、私たちがまったく知らなかったベトナム難民の「戦後史」とともに、ある家族のたどった歴史が描かれる。「難民」という大文字に隠れがちな「家族」という小文字の世界がきわめてリアルに描かれている。ソーシャル・インパクト賞の和山やま『女の園の星』については多言は要すまい。伊藤潤二タッチで描かれる女子高世界には、いじめもいじりも存在せず、良い子ばかりの平穏な日常が続いている。それがなぜこうまで不穏な笑いをもたらすのか。和山やま登場のインパクトはまだしばらくは続きそうだ。

プロフィール
斎藤 環
精神科医/ 筑波大学医学医療系教授/批評家
1961年、岩手県生まれ。筑波大学医学研究科博士課程修了。医学博士。筑波大学医学医療系社会精神保健学教授。専門は思春期・青年期の精神病理学、「ひきこもり」問題の治療・支援ならびに啓蒙。マンガ・映画・サブカルチャー全般に通じ、新書から本格的な文芸・美術評論まで幅広く執筆。2004年、ヴェネチア・ビエンナーレの国際建築展日本館「おたく:人格=空間=都市」展示で、現代美術家の開発好明との共同作品「オタクの個室」を出展。『戦闘美少女の精神分析』(太田出版、2000)、『世界が土曜の夜の夢なら ヤンキーと精神分析』(角川書店、2012)角川財団学芸賞受賞。『心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋』(與那覇潤との共著、新潮社、2020)小林秀雄賞受賞。