19回 エンターテインメント部門 講評

むき出しになった表現、エンターテインメントの変節

「オモテに出ろっ!」と私たちを路上に誘ったのは、昨年の大賞作品『Ingress』だった。戦後70年という重大な節目を迎えた2015年。人々の表現は「オモテに現われ」ていた。それは作品の形態をとらない直接行動、むきだしの「表現」である。夏から秋にかけ国会議事堂前に集まった多くの群衆。そのエネルギーを無視することはできない。
「情報共有」「オープンプロジェクト」「ビッグデータ」、こうしたトピックがここ数年のエンターテインメント部門の主なテーマだった。結果的にテクノロジーと人々の共生ビジョンを肯定的に描く作品を評価してきたのだが、こうしたむきだしの表現の存在を側に感じながらの選考は、エンターテインメントの本質的な価値や可能性を幾度となく問い直す、精神的にキツい作業だった。おそらくそれはエンターテインメント部門だけではなく、すべての部門の審査プロセスで起こっていたのだと、受賞作品一覧を見ながら思う。文化庁メディア芸術祭の審査は部門ごとに独立していて、最終的な発表まで受賞作は伏せられている。そのため部門を超えた干渉は不可能だが、それぞれの審査委員が心の内に設定したであろういくつかの問題設定において、作品を通して呼応や接続がされている。今回のメディア芸術祭は、2015年という特別な年に起きたある変節を、タテヨコナナメから読み解くことができるカタログになっているのではないだろうか。
エンターテインメント部門大賞『正しい数の数え方』の岸野雄一は、うるさいやめろと言われても、けしてオカネにならなくても、天気が雨でも晴れでも、いつも路上に近い場所で「オッペケペー、オッペケペー」と陽気に歌い続けていくだろう。岸野は数十年間にわたりそうした活動を実践してきた。満を持してのオモテへの出現である。「正しい」に到達するためには、この愚直さが必要なのだと思う。まっすぐな情熱は、周囲の人々を自然に巻き込んでいく。観客はいつのまにか一緒に数を数えるだろう。同調を強いるのではなく共感の力で。それは正しい。大賞発表の記者会見の壇上、岸野が謝辞を述べた後、私も「ありがとうございま......す」と言っていた。
ここは受賞者を祝い、次の場面へ展開する段取りだった。不肖のハプニングではあったが、この作品と作者がもっている力をあらためて感じ入る場面だった。『Solar Pink Pong』のステージもオモテだ。設置された装置が空間を認識し、ピンクの円を投射する。それに気づいた人々はボールに見立て蹴りだしたり、自らの影に取り込んでみたりといった、ささやかな戯れをはじめる。ゲームにすらならない小さな戯れと企て。まったく気づかず通り過ぎる人がいる。この交錯も正しい。ロボットアームの作品群でもっとも刺激的だったのが『Drawing Operations Unit: Generation 1』だ。自動書記によって生じるトランスは画家にとってもっとも神聖かつ幸福な時間だが、その再現を意識した瞬間から遠ざかってしまう。このロボットアームがどのように世代を重ねていくのかを見届けたい。また、年々クリエイションの温度が高まっているインディゲーム・シーンから『Thumper』『Dark Echo』が優秀賞として選定された。インディゲームに厳密な定義はないが、複数人による小規模開発が特徴である。また、インディゲームのクリエイターたちは世界中で開催されている展示会に出展し、その地で出会った人々と交流しながら作品を磨き上げていく。『Thumper』のメンバーとは、この1年で2回ほど京都と幕張で遭遇した。ゲームの選考に関しては、完成していて遊べる状態のものを優先的に評価することを個人的なルールとしてきた。『Tumper』は審査の時点で1ステージしか完成していなかったのだが、2016年にリリースするというメンバーの意思表明を信じ、信条を修正した。個人的な葛藤ではあるが、けっして簡単なことではなかった。新人賞となった『Black Death』を筆頭に『あなたは原発の寿命を知っていますか?』『東京大空襲証言映像マップ』『OUT IN JAPAN』『PRY』のようなシリアスなコンテンツがエンターテインメント部門に違和感なく連なっている。これが、むきだしの表現が路上で展開されていたことにより生じた変節だ。

プロフィール
飯田 和敏
ゲーム作家/立命館大学映像学部教授
1968年、東京都生まれ。95年、『アクアノートの休日』(PlayStation)でディレクターデビュー。以降、『太陽のしっぽ』(PlayStation)、『巨人のドシン』(Nintendo64DD)、『ディシプリン*帝国の誕生』(WiiWare)、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版―サウンドインパクト―』(PSP)、『LINEイージーダイバー』(LINE GAME)などを発表。既存のビデオゲームの概念にとらわれない斬新な作風で知られる。2011年には平成23年度[第15回]文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門優秀賞受賞作品である日本科学未来館の常設展示『アナグラのうた―消えた博士と残された装置』の演出を担当。ほかに書籍、雑誌などの媒体における執筆活動も行なっている。