25回 マンガ部門 講評

変化を敏感に察知 して、取り込んで 増幅させるパワー

マンガというエンターテインメントは世相を映す鏡のようなものだが、初めての審査を通してそれを敏感かつ柔軟に取り込んでいる作品の何と多く、マンガ描きというのはいかに世相にアンテナを張っているのかと、改めて驚かされた。
ジェンダーに切り込んだ作品の進化はここ数年目覚しいが、性別や恋愛の形にこだわらない物語はドラマの形式のひとつになりつつある。推薦作品に選出された、恋愛における沸き立つ喜びを描いた『HEARTSTOPPER ハートストッパー』、肥大化した心の傷が暴走する『怪獣になったゲイ』はどちらも設定は同性愛だが万人に訴えかける共通の感性で読む者の心を掴んだ。
大賞の『ゴールデンラズベリー』は男女の立ち位置の変化を絶妙に作品に落とし込んで小気味よいストーリーに仕立てた。ソーシャル・インパクト賞『女の園の星』は色気は保ちながら恋愛に舵を切らない女子高ノリの独特のセンスで、多くの人の琴線に触れた。「絶滅種」の動物たちを登場させつつその儚さをベースに、愛らしいセンスでまるで美しい包装紙を開くような高揚感まで演出してみせた『北極百貨店のコンシェルジュさん』。ベトナムからの亡命記『私たちにできたこと──難民になったベトナムの少女とその家族の物語』は、家族の精神的変化も如実にあぶり出した。
最も尖ったアンテナの先端にいるような『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』は、それを見渡す世界の広さから人類が内包するわずかな変化まで、執念にも似た描線で具現化している。
新人賞『転がる姉弟』は人間関係というのは歯車が嚙み合わないのが前提で、そのうえで親近感により成り立っているというのをコミカルに見事に見せてくれた。生きていくなかで生じる複雑な問題にひとつの答えを明示してくれるマンガ。マンガ文化は収縮と言われる反面、変幻していく世の中に呼応するように新しい芽を出すコミックカルチャー。強い生命力と可能性を感じずにはいられない。

プロフィール
おざわ ゆき
マンガ家
中学時代から少女マンガ誌に投稿を始め、高校1年生時に集英社の少女マンガ誌『ぶ〜け』でデビュー。2012年、父のシベリア抑留体験を基に描かれた『凍りの掌 シベリア抑留記』で第16回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞を受賞。15年、『凍りの掌 シベリア抑留記』と母の戦争体験を基に描かれた『あとかたの街』が第44回日本漫画家協会の大賞を受賞した。18年、講談社『BE・LOVE』にて連載中の『傘寿まり子』が第42回講談社漫画賞一般部門を受賞。