20回 アート部門 講評

静かな作品

昨年度と比較してまず印象に残ったのは、網膜を刺激することを目的にした作品が減少したことである。これはとても良いことである。プリミティブなメディアを使用した作品から、最先端のメディアを使用した作品まで、さまざまな作品を見ながら、私が興味を惹かれた作品に共通するものは、メディアを介在することにより、現在の個人的な、社会的な状況を冷静に見つめ直しているものであった。19世紀末から20世紀初頭におけるアートの表現のひとつの特徴は、平穏な日常を過激に見つめ直すことであったように思う。何でもない日常の見方を変えることにより新鮮な驚きと戸惑いを与えた。それから100年経った現在は、日常そのものが過激すぎる状況になった。そのなかで才能のあるアーティストは日常に流されることなく、目まぐるしく変化する日常に対して、今一度じっくりと対峙しようとしているのではないだろうか。表現として日常を見つめ直すうえでメディアを使うことは、さまざまな感情を一旦客観的状況に変換せざるをえないため、冷静に対処することになる。その結果できあがった作品は、一見するだけではわかりにくい、地味なものとなりがちで、多くの作品の応募がある審査においては埋もれがちになるが、そのなかから真に今日的な問題を真摯に表現している作品を的確に見分ける能力が審査委員に求められていると実感した。それと同時に、作品を体験する環境も、従来の展覧会という空間では対応できなくなっているのだと感じられた。メディアアートの作品が、物理的空間だけでなく、ネットワーク環境も含めて機能する、新しい21世紀の芸術体験空間をつくっていくのだろう。昨今の社会状況がメディア環境の変化の影響なしでは考えられない事実から、芸術表現においてメディアを扱うということは、この社会に生きることに対する現実的な態度にほかならないことを、我々は自覚すべきだろう。

プロフィール
藤本 由紀夫
アーティスト
1950年、愛知県生まれ。大阪芸術大学音楽学科卒業。主な個展に97年から2006年まで10年間毎年1日のみ開催された展覧会「美術館の遠足」(西宮市大谷記念美術館)、「四次元の読書」(CCGA現代グラフィックアートセンター、2001)、「ここ、そして、そこ」(名古屋市美術館、2006)、「ECHO─潜在的音響」(広島市現代美術館、2007)、「哲学的玩具」(西宮市大谷記念美術館、2007)、「+/-」(国立国際美術館、2007)、「関係」(和歌山県立近代美術館、2007)など。主なグループ展に第49回ベネチア・ビエンナーレ(2001)、第52回ベネチア・ビエンナーレ(2007)など。80年代半ばより日常のなかの「音」に着目した装置、サウンド・オブジェを制作。インスタレーションやパフォーマンス、ワークショップを通じて、空間における「音」の体験から新たな認識へと開かれていくような活動を展開している。