14回 受賞作品マンガ部門Manga Division

大賞

優秀賞

奨励賞

審査委員会推薦作品

審査講評

  • 村上 知彦
    神戸松蔭女子学院大学教授
    魅力ある女性作家の作品たち
    粒ぞろいの力作が並び、受賞を逃した作品もその差はわずかだった。その分、バランスを考える余裕などない、ガチンコの選考でもあったわけで、結果として女性作家の受賞作がゼロという例年にない現象が起きた。近年の女性作家の活躍ぶりから見れば首をひねる向きもあろうが、他意はない。今回は、歴史ものやドキュメンタリー性の強い作品に評価が集まる選考となったが、ひめゆり部隊を少女の幻想的視点から描く『cocoon』の一味違った歴史へのまなざしは、それらに拮抗し得るものだった。また、SF的異世界における妊婦だけの特殊部隊の戦いを、生命感豊かに描いて見せる『WOMBS』も、女性作家ならではの「大きな物語」を予感させた。ほかにも『町でうわさの天狗の子』『ファンタジウム』『高校球児 ザワさん』など、議論の中で支持を受けた女性作品は少なくなかったことを報告しておきたい。
  • 細萱 敦
    東京工芸大学准教授
    解釈の面白さで勝負する
    昨年同様、受賞作品には、大河歴史物語が多かった。「大きな物語」が失われて久しいという声を聞くが、全くのフィクションより、実際の人類史の進展と人々の営みに、躍動やロマンを感じるのだろうか。それだけではない。今は史実に疑いを挟むことも許されるし、為政者が都合のいいように歴史を改竄していることも皆知っている。実はマンガ自体も「大嘘」を生命にしている。要するに解釈の面白さ勝負なのである。そうした自覚的で挑戦的な創作行為が評価されることは、メディア芸術祭にふさわしいことかもしれない。
    その意味でWebや携帯電話などの新しいメディア上のマンガは、まだまだ試行錯誤の段階のように感じた。インタラクティブという利点をあまり生かし切れていない。それよりはまだ、自主制作作品の紙媒体にこだわる意地や工夫の方が微笑ましく頼もしかった。
  • さいとう ちほ
    マンガ家
    時代性を映し出した受賞作品
    大賞の『ヒストリエ』がほとんどの審査員から突出した評価を受け、比較的すんなり決まったのに対し、優秀賞の選定が、横一線にずらりと並び、その中から4本だけに絞り込むのに苦労した。それほど今年の候補作品は多彩で水準の高いものが集中していた。
    あまりなじみのない地味な設定をストーリーに組み込んだ労作も多く、歴史を扱った作品には、古代史や近代史などが取り上げられ、マンガ文化の成熟が感じられる選出となった。
    マンガ家生活との相性のよさの証なのか、優秀賞は逃したが、ネコマンガ『俺とねこにゃん』は多くの審査委員たちから恋い慕われていた。
    そして、色々な面で変化し、危機感が高まりつつある昨今の日本社会の状況が、『ぼくらの』『ディアスポリス異邦警察』『WOMBS』などの近未来を舞台にした作品に感じられたのが印象に残った。
  • かわぐち かいじ
    マンガ家
    愛着を持って活写する「力」
    われわれ読者がまだ見ぬ世界、アレキサンダー大王の歴史記述者となる人物を少年時代から描き起す『ヒストリエ』、かたや幕末日本の激動に立ち向う群象を世界的な視点からギャグ化した『風雲児たち 幕末編』、ともにスケールの大きい遠大な物語だ。大賞候補に残ったこの2作に共通するのは、正面から歴史に挑む姿勢と、綿密な時代考証により登場人物と時代をよりリアルに、しかも愛着を持って活写する「力」だ。落語に例えれば『ヒストリエ』が新作落語、『風雲児たち 幕末編』が古典落語といえようか。謹差で新しいマンガ世界を切り拓く面白さにあふれた『ヒストリエ』が大賞に決定したが、『風雲児たち 幕末編』は今の日本に必要な、啓蒙の書であり歴史書だと思う。優秀賞に選ばれた作品群もマンガの新しい表現に挑んだ力作であり、エンターテインメントとしてのマンガの面白さを選者として堪能できた。
  • 永井 豪
    マンガ家
    過去の歴史的意義の検証への興味
    今回、マンガ部門の最終審査に残った候補作の中で、審査員の票を集めたものには、歴史を扱った作品が多かった。
    古代ギリシャやマケドニアの興亡を描いた『ヒストリエ』、開国間際の江戸時代の歴史が分かりやすく描かれた『風雲児たち 幕末編』、連合赤軍を扱った『レッド』などである。
    そのほかには、操縦すれば死を招くロボットの戦いを描いた『ぼくらの』、愛猫と作者の日常をギャグでつづった『俺とねこにゃん』、クライマーの孤独な戦いが描かれた『孤高の人』などが、審査委員の議論の対象となった。
    そして、大賞を射止めたのは『ヒストリエ』だった。現在、連載中であり、ストーリーは長編の序章にすぎず、早過ぎるのでは? との意見もあったが、序章であっても、充分に大賞に価するとの意見が大勢を占めた。
    少年マジシャンの成長と活躍を描いた『ファンタジウム』や、書道部の高校生の活動ぶりと書道の奥深さを描いた『とめはねっ! 鈴里高校書道部』のように、専門的知識をマンガで披露する力作もあった。かつて、マンガの主流であった荒唐無稽な作品が、ほぼなくなってきたことは寂しい気がするが、これも、マンガ文化の成熟ととらえるべきだろう。
    文化は社会と呼応する。高齢化社会になりつつある日本は、未来への希望や展望より、過去の歴史的意義の検証に、興味を移しているのかもしれない。