19回 受賞作品アニメーション部門Animation Division

大賞

優秀賞

新人賞

審査委員会推薦作品

審査講評

  • 髙橋 良輔
    アニメーション監督
    メディア芸術祭は異種格闘技戦だ!
    今回も"審査"や"選出"ということの難しさにもだえ苦しみました。とにもかくにも、800を超える作品のなかから、"賞"を選ぶということのべらぼうさに耐えなければなりません。この作品とあの作品を同じ土俵に上げていいのかとひっきりなしに自問自答しながら、七転八倒の末にたどり着いた私なりの考えは、
    「これは格闘技でいえば異種格闘技の一回こっきりの真剣勝負で、再戦なし」
    というものでした。ですから見方を変えれば評価が変わるかもしれませんが、そういうわけで審査結果に関しては悪しからずであります。
    大雑把な感想でありますが、短編アニメーション、劇場アニメーション、テレビアニメーション、オリジナルビデオアニメーションを通じて、海外作品のテーマの多くが社会性と普遍性を追及していたのに反し、国内作品は非常にパーソナルな問題を取り上げる作品が目についたということでしょうか。私は前回2014年度の審査講評で、1963年にテレビアニメーションの『鉄腕アトム』が誕生して以来、"ジャパニメーション"という言葉が生まれるくらい日本のアニメーションは特異な発展をしてきたと記しました。その根幹・根底には比類ない多様性が認められていたのですが、ここのところ日本のアニメーションからはその傾向は薄れてしまったように思われます。日本は幸いにも、アニメーションを産業として成立させうる環境に恵まれているといえます。ですが、その環境がどうもここのところ制作される作品に偏りをもたらしているように思えます。つまりあえて言えば「釣り堀商売」状態とでも言いましょうか。釣り堀には放した魚はいても、マグロやカツオやジョーズはいません。行けば必ず釣れる町内の釣り堀ではなく、もっと大魚を求めて河や湖や大海を目指してもよいのではないでしょうか。
    最後に、今回大賞を受けた『Rhizome』は、異種格闘技戦でいえば、誰も見たことのない必殺技を繰りだし、まさに一撃必殺の凄味がありました。
  • 山村 浩二
    アニメーション作家/東京藝術大学大学院教授
    アニメーション独自の評価軸
    今年の受賞結果は、5作品受賞と、フランス作品の活躍が目立つ結果となった。堅実なナラティブの力と洗練されたグラフィックや色彩感覚を持っているものが多く、フランスの近年の成熟の兆しを感じた。教育や助成金の充実の影響があるのかもしれない。
    総評として、まず短編は、分母が増えたとはいえ、力のある作品の数とは比例していないと感じた。制作中から指導的な立場で関わっている東京藝術大学作品の審査には関与せず、ほかの審査委員に一任した。藝大や、近年短編の世界をにぎわせてきたロイヤル・カレッジ・オブ・アート、ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン、多摩美術大学などの美大系の学生作品もやや不振だった。また日本、韓国などアジアの作品も応募総数のわりには、突出した作品が少なく、全体の傾向としては、精神世界を表現した作品やネットでの限られた観客に向けた自己完結的な作品が多い印象だった。そんななかでも何本か、その完結性の徹底ぶりによって気になった作品もあったが、選出までには至らなかった。
    長編、テレビアニメーションも、挑戦的な作品が少なかった。最終選考に残った作品はすべて日本の作品だったが、独自の世界のルールのなかだけで帰結してしまっていて、感情表現の安易さや、描きたい焦点がぼけているなど、問題点が多く、過去の方法論と技法の延長線上で、興行的成功を意識した保守的な作品が目立ったようだ。そのなかでも受賞に至った作品の多くは、独自の強度を持っていて、特に『Rhizome』は、鑑賞後すぐに大賞と確信した。
    今年の世界の映画祭をにぎわせてきた短編作品の応募もあった。ただそれらの作品のいくつかは、今回選外となった。現代の短編アニメーション界での問題点として、技術力や表面的な完成度が、映画祭の評価にそのまま直結してしまう傾向がある。これらの作品は、映画祭や観客の受けを意識して制作されているように見受けられ、本人の切実な創作の追求とはズレがある。こういった作品に隠れ、より問題意識をもった作品が表面化してこない。評価基準を支えるアニメーション界の評論や理論の気弱さを露呈しているのだ。アニメーションが分野特有の言語化された価値基準を持てていないことが、いまだ映画、美術、マンガから領域としての独自性を確立できていない要因ともなっていると思う。今回の審査では、技術や完成度または伝統の継承よりも、アニメーションとしての独自性、可能性を開く作品、新たな語りへの挑戦がみられる作品を評価した。審査会で盛りあがったのは、ポーランドの作家による作品『SIGNUM』の作者Witold GIERSZが、88歳の作家だったことだ。フィルモグラフィーを見ると1956年から現在まで制作を続けている。またベテラン作家、スイスのGeorges SCHWIZGEBELの新作『Erlking』も確かな力で、アニメーションの魅力をたたえていた。作家に引退という言葉は必要ない。
    ほかにも受賞に至らなかったが、審査委員会推薦作品のなかで個人的に気になった作品について最後に言及しておきたい。Ivan MAXIMOV『Benches No. 0458』は、これまでの彼の作品の良質な変奏曲で、ユーモラスで、ちいさき生き物への愛のある眼差しを感じる。Alessandro NOVELLI (『The Guardian』)は若い作家だが、グラフィック、動き、音、ナレーション、どの部分も的確で安定していて完成度が高く、カフカの「掟の門前」を新感覚でアニメーション化している。同じく「掟の門前」を以前アニメーション化したことのある中堅作家Theodore USHEV『Sonambulo』も力が抜けた軽やかさで、自身のビジュアルセンスを発越させた気持ちのいい作品だった。Edmunds JANSONS『Isle of Seals』は、独自の動きと抽象的なフォルムで、いつまでも目的を達しえない「何も映らない」写真が、機知に富み印象に残った。どれもユーモアと軽妙さが特徴の作品であり、このメディア芸術祭に限らず、こういった傾向の作品が大きな評価を受けにくいのがちょっと残念だ。
  • 森本 晃司
    人生そのものが表現する者にとっての財産
    『Rhizome』は地球に存在している生態系の縮図を見事に描いた作品である。
    表現者は、文化、哲学、生物、関係性などから作品の世界観を考えるが、本作では短いなかにそれらすべてが入っている。評価すべきはキャラクターがアナログ手法で描かれていることだ。とてもかわいらしい。キャラクターと生態系の秩序が生まれる箇所に、プログラミングされたアルゴリズムが取り入れられており、アナログとデジタルのバランスが上手く融合している。8Kで見てみたい作品である。
    『花とアリス殺人事件』は実写を取り入れることによって、「人が喋っている間合いや空気感」までもアニメーションに取り入れられているところにおもしろさがある。オリジナリティのあるレイアウト、キャラクターをとらえる角度が特長的であるのに加え、アニメーターが従来は描かない(描きたくない)箇所がこの作品では描かれており、実写を取り入れる意義を感じられる。アニメーターは後学のためにも本作を参考にしてみて欲しい。
    『Yùl and the Snake』は『花とアリス殺人事件』と同じように、実写撮影をアニメーション化した作品であるが、この作品は『花とアリス』よりもさらにキャラクターが"デフォルメ"されており、そこには絵描きとしての技術力、個性がないと表現できない魅力を感じられる。また、本作は生理的な生々しさがあり、演出力でも一線を越えている。新人賞の『台風のノルダ』はシナリオ演出が活躍できるとよかった。動きに必要性としての軸がないと振り回されてしまう。動きの目的が明確だとさらに良い作品になるだろう。
    総評として、表現は革新的であるにこしたことはないが、アニメーション分野では躍動感やシズル感そのものが作品に生命を吹き込む。生命力と同時に、えぐみの強い、目を背けたくなるようなひりつく傷み。皮膚感とも呼ぶが、見聞きしただけではけっして描けない個人の体験、人生こそが表現する者にとっての財産でありオリジナリティに繋がると信じている。
  • 小出 正志
    アニメーション研究者/東京造形大学教授
    メディア芸術祭20周年を前にして
    今年度のアニメーション部門は、過去最多823編の応募となり、特に756を数えた短編の伸びが著しい。また64の国と地域からの応募は、審査区分としては4部門でもっとも多い。ひとつには、世界的な短編アニメーションの活況が背景にあると考えられる。文化庁メディア芸術祭では、アニメーションが部門のひとつであり、「Japan」「MediaArts」「Festival」という"看板"で、海外のアニメーション関係者に対して構造的な見えにくさがあり、これまでは一般の国際アニメーション映画祭に比べて応募されにくい状況があった。しかし今年も含めこの3年間、アニメーション部門の大賞を海外作品が占め、長編を制して短編が大賞受賞となるなどもあり、国際的なアニメーションシーンにおけるメディア芸術祭の存在感、知名度が増したことも要因のひとつだろう。
    他方、劇場/テレビ/オリジナルビデオアニメーションは67編と、このカテゴリーの国内外の制作数からはけっして多いとはいえない。両者の量的な違いが、大賞・優秀賞・新人賞3賞8編における劇場2(テレビ0)対短編6の差を生んだともいえるが、審査会では現場をよく知る委員から日本の商業アニメーションから新しいもの、魅力あるものが少なくなっているとの指摘もあった。審査委員会推薦作品23編の内訳が短編19、劇場3、テレビ1はそのひとつの表われかもしれない。メディア芸術祭は公募方式であり、日本でつくられるすべてのアニメーションが対象とはならず、応募作品は必ずしも日本のアニメーションの状況の全面的な反映とはいえないが、2014年の日本の新作テレビアニメーションが232タイトル、同じく劇場アニメーションが73タイトルという膨大な制作数★1の一方で、日本アニメの活力の低下が懸念される。受賞作や推薦作からは海外作品重視あるいは偏重とも見られるかもしれないが、応募された作品を予断も偏見もなく粛々と審査した結果であることは言を待たない。
    メディア芸術祭の高い芸術性と創造性を持つ優れた作品を顕彰し広く紹介するという趣旨からは、一般的な話題性が高いとか興行的に大ヒットしたなどという指標とは異なる規範がここにはあり、その意味で今年の大賞『Rhizome』は、この芸術祭ならではの選出といえるだろう。物語性やキャラクター性に依存する作品でも単なる抽象アニメーションでもなく、もちろんCGシミュレーションでもない。手描きを出発点にデジタル映像技術を巧みに用いて一種の生態系アニメーションを構築し、表現的にも技術的にもまた形式的にも斬新である。アート部門に適う作品のようでいて、見事にリニアな映像アニメーション作品を成している。また優秀賞の『花とアリス殺人事件』は、実績ある実写監督の初アニメーション作品だが、セルライク(セルルック)な3DCGとロトスコープ、それに手描きアニメーションの組み合わせの妙は、既存の商業アニメーションのフォーマットをなぞらない革新性がある。映像作品の形式性やジャンル概念を問う批評性を持つ作品でもある。そのほかを含め選ばれた作品にはそれぞれに意味や意義があり、優れた作品の顕彰と紹介の目的は今年も十分果たせたと考えている。
    とはいえ問題がまったくないわけではない。上映時間が大きく異なる長編と短編、それら完結した一編の作品と一編(1エピソード)では完結しないテレビシリーズ、それらすべてのアニメーションをひとつのカテゴリーで総合的に審査することは、この芸術祭の特色でもあるが、独自性の担保とばかりもいえない審査の困難さは確実にある。また800編を超える数には、アート部門と同様の選考委員の必要性も切実に感じる。アート部門にもエンターテインメント部門にも等しくアニメーション表現やアニメーション技法を含む作品が多数存在し、マンガ部門にすらデジタルメディアを用いた"動く作品"が含まれるようになった。次年度、開催第20回めを迎えようとしている現在、審査の部門や区分、審査の方法や体制を再検討・再構築すべき時期に来ているように思う。
  • 大井 文雄
    アニメーション作家
    特殊なるアニメーション表現との邂逅
    今回の審査を通して受賞作品に絞り込まれたアニメーションを俯瞰してみると、劇場・テレビのアニメーションと短編アニメーションとの、その表現のテーマ性、見せる対象(観客)への意識のあり方など、双方の距離のあまりの隔たりに、それらを同じ土俵に乗せて優劣の判定をすることの無理をかなり強く感じた。私が関わった過去2回の審査においてもその傾向がなかったわけではないが、アニメーション表現のウィングの広さをおもしろいと感じることもできたし、双方にはそれぞれ内包するものを対比して見る材料がもう少しあったように思う。劇場・テレビのアニメーションの最終選考に残った作品に海外からの応募作品が入らず、国内のエンターテインメント性の強い商業娯楽作品が多かったことと、対照的に短編作品には芸術指向性の強い、精神世界を彷徨う作者個人のための作品が多かったこととの極端な対比が、そう思わせる結果となったのであろうか。今後、双方のベクトルがこのように離れたままであれば、選考方法の再考も必要になってくるのかもしれない。
    今回一番困難だったのは大賞の選考である。『Rhizome』が優秀な作品であることに異論はないとしても、大賞にふさわしいかどうかは審査委員のあいだで意見の分かれるところであった。これは前述した問題とも関連し、選考の難しさ(無意味さともいえる)がより際立ってくる。無限大と無限小のメビウスの輪的空間表現から哲学的ともとれる、極めて特異な作品の『Rhizome』は、従来からのアニメーションというジャンル分けでは捉えにくい表現作品としての異質の輝きが評価されたと思う。今回は短編の作品の応募がとても多く優秀作品も数多く見られた。優秀賞『Yùl and the Snake』は作者の処女作とは思えない安定感があり、賞の選からは外れたものの『Chhaya』は若い監督の卒業制作作品でありながら老いの哀しみを老成した作家のように表現し、一方『SIGNUM』は88歳の監督の老いを微塵も感じさせない力作となっている。