21回 受賞作品マンガ部門Manga Division

大賞

優秀賞

新人賞

審査委員会推薦作品

審査講評

  • KADOKURA Shima
    マンガライター
    新しい才能はあらゆる場所に
    今年度の審査では、新人賞枠(マンガ部門での「新人」=キャリア10年前後以下の作家)が激戦となったことが印象に残った。多くの才能あふれる若手作家がひしめくなか、それぞれに異なる素晴らしい個性をもった久野遥子、増村十七、板垣巴留の3氏への授賞が決定した。このことは、本賞にとってはもちろん、マンガ界全体にとって明るい材料である。これから先、たくさんの若手作家たちがキャリアを重ねさらに才能を開花させていくこと、さらなる新しい才能がこれからも出てくるに違いないということに、わくわくした気持ちを持って3年の任期を終了できることがとても嬉しい。また個人的に、授賞作を議論するなかで審査委員それぞれの口からマンガへの熱い思いや分析を聞けたことが、大きな財産となった。3年というわずかな期間に、マンガ界はまたも大きく変化した。最も顕著なのは、SNS発作品の隆盛だろう。プロアマ問わず、個人が描きたいものを描き、即SNSで発表→ネット上で人気が出る→連載・あるいは単行本化され商業出版でヒット―という図式が、わざわざここで言う必要がないほどに定着した。だが、本賞の審査対象となった応募作品の中に、SNS発のものが占める割合は高くはなく、現在のマンガ界の傾向がダイレクトに反映されているとは言い難いように思える。どこで発表されたもの、単行本化されていないものも等しく審査対象となる本賞の性質を考えると、さびしさを覚える。「自薦」のみが審査対象となるため、商業誌以外に活動の軸を置く作家たちに、賞の存在を知ってもらえるよう、また応募したいと思ってもらえるよう、さらに積極的に働きかけていく時期が来ているのかもしれない。もちろん「世界中に存在するおもしろいマンガのすべて」に目を通すことなどできるはずはないのだが、マンガを愛する者のひとりとして、できる限りそこに近付こうとする賞であるといいなとあらためて感じている。
  • 白井 弓子
    マンガ家
    切り裂いたキャンバスの向こう側
    今回初めて審査委員を務めさせていただいた。正直とまどったが、自費出版した『天顕祭』で奨励賞(現新人賞)をいただいたのをきっかけにさまざまな可能性がひらけた自分である。そろそろ恩返しをする頃なのかもしれないと思いお受けする事にした。いざ審査を始めてみるとその重圧は質量ともにすさまじかった。応募作はいずれも濃厚で、その良さもさまざまだ。見たこともないマンガにはっとすることも、未読だった人気作に感動の涙を流したこともあった。ともかくも自分なりに評価軸をたくさん設けて、フェアに審査するようつとめた。とはいえ5人の委員が集まり審査を進めていくと、複数委員の評価がそろうものに傾向が現れてきた気がした。何というか、世界というキャンバスを直接さくりと切り裂いて、その向こうを見ようとするような作品。その向こうに見えるものはさまざまで、それは青空かもしれないし虚無かもしれないが、そこを覗かずにはいられない、そんな作品が集まっていく様子は不思議であり納得でもあった。審査委員会推薦作品にもすぐれたものが数多くあり、『フイチン再見!』はキャンバスに彩り豊かに描かれた大作だ。戦前に出版された「漫画講座」が私の手元にあるのだが、その中に女性は漫画家になれるのか?という下りがある。女にはユウモアがわからず、修行に耐えられないといった偏見が披露され、ジャンルによっては女性に向いているものがあるはずだ、例えば人情の機微や愛と美など、と締めくくられる。今となっては女性マンガ家はあらゆるジャンルのマンガを描いて当然だが、そうでない困難な時代、どんな女性がパワフルに状況を突破していったのかが『フイチン再見!』には説得力を持って描かれている。完結した今広く読まれて欲しい。『あしあと探偵』の読みやすさは話題になった。流れるように「あしあと」を追わされる感覚に才能を感じる委員は多かった。語り尽きないマンガの魅力に改めて気付かされる審査だった。
  • みなもと 太郎
    漫画家/マンガ研究家
    百花繚乱にもほどがある
    地球上に誕生した小さな単純生命体が、何かのきっかけを元に、すさまじい進化・進歩・変貌をくり返し、ふと見ると地球上には似ても似つかぬオビタダシイ生物があふれ返って「これらのどこが『祖先が同じ』生命体なんだ?」と驚く─。この「進化論」の学者たちが抱いたかも知れない狼狽と、きわめて近い経験を、我々マンガ部門審査委員たちは味わわされているのかも知れない......、今回の(千を越える)応募作を前にしての感慨であった。毎年、新趣向、新ジャンルのマンガ群と格闘してきたが、今年は特に「これらを全部『マンガ』という言葉で括ってしまっていいのか?」という気分に襲われた。前々回あたりから「もう紙マンガの判断基準は崩壊したな。アニメーションとの境界線も薄れてきたな」とは思っていたのだが、かといって昔ながらの単純線で描かれた作品も決して滅びないし、そういった作品群もかえって増えてきた印象を受ける。誰でもパソコンで描いてネットで発表できる環境になった今、プロとアマ、玄人と素人の境界線すら「意味がない」時代に入っているのだ。マンガが今後どういった方向に向かうのか、「ひとり1ジャンル」化が進むのか、少なくとも私にはまったく予測がつかなくなった。それでも、審査委員らの注目を受ける作品は(それら混沌のなかから)堂々と浮かび上がってくるもので、今回も第21回文化庁メディア芸術祭にふさわしい、優れたマンガ作品が生き残り選ばれたと確信でき、大いに喜ばしい。『ねぇ、ママ』で大賞に輝いた 池辺葵はもう1作『雑草たちよ大志を抱け』が審査委員会推薦作品に選ばれており、抜きん出た作者の力量を示している。バタ臭さのない、ある意味「日本的」な画風から醸し出される静かなまでの感動は他者の追随を許さない。優秀賞『銃座のウルナ』の伊図透も、これまで何度も候補に上がっていた実力派だ。SFなのに異様な実在感を持ち「今後の展開がまったく読めない」長編の本作は、主人公ウルナにどんな運命が待ち受けているのか、作者はどんな着地点を用意しているのか、審査委員の期待が大いに盛り上がっての受賞となった。同じく優秀賞『ニュクスの角灯』の高浜寛『夜の眼は千でございます』の上野顕太郎の両者も、さまざまなマンガ賞の候補に何度も上がっていた。高浜寛には過去『蝶のみちゆき』『SADGiRL』などの秀作群もあり、それらに注目してきた私にとって、今回の受賞は「遅すぎる」感がしないでもないくらいである。上野顕太郎の「全身全霊をかけて実験的『くだらないギャグ』を世に問い続ける」という、執念にも似た奇特な姿勢は、ギャグを愛する私にとって「尊敬」以外のナニモノでもないのだが、その「くだらなさ」ゆえに周りから認めてもらえないという悲しきジレンマがあった(氏の作品でこれまで一番高い評価を受けたのが、ギャグを廃した『さよならもいわずに』であった)。それがついに今回優秀賞を獲得した事に胸を張りたい。そう、ギャグこそがマンガの原点であり、「笑い」こそが人類の特権であり、チェスや将棋や碁でプロを打ち負かすAIも「ギャグ創作」にかけてはヒヨっ子なのだ。人間がAIに勝る唯一の希望が「笑い」であることを忘れてはならない。そのAI世界の未来がどうなるのかを描いたテーマで、私が最もリアルに感じた作品が山田胡瓜の『AIの遺電子』であった。短編で毎回、これほどの説得力を持つ「近未来SF」連作は全審査委員を唸らせた。短編作家としてO・ヘンリーを凌駕すると私は思う。 新人賞『甘木唯子のツノと愛』の久野遥子は稀有な作家というべきか、心に浸みる感性には泣かされる。増村十七『バクちゃん』も、斬新な画風と主人公バクちゃんへの愛おしさが票を集めた。作者が世界へ雄飛することを期待する。『BEASTARS』の板垣巴留は、今回最も特筆されるべき新人である。コミック界の片隅で「ファーリー」と呼ばれ、ともすれば低く見られてきた擬人化動物ジャンルが、この作品によって革命を起こす可能性すら感じられるからである。まだまだ言い足りないが紙数を越えた。今回も豊麗(過ぎるほどの)収穫であった、と思う。
  • 松田 洋子
    マンガ家
    マンガは終わらない
    「マンガは過渡期にある」と言われ続けていたように思うが、最近の話題はネットのタダ読みだろうか。マンガ家自身も手をこまねいていないで対策をとらねばならないらしいが、そんな法律の交渉や経営の能力があったらマンガなんて描いてないと言うマンガ家は多いだろう。私もそうだ。書籍だけではなく音楽方面も厳しいせいで、うちの近所の商店街から書店もレコード店も消えて、薬局とマッサージ店がやたら目立つ。みんな己の肉体のメンテだけで精いっぱいなのだろう。私もそうだ。紙の本とレコードはマニアックな贅沢品になるらしい。特に短編は売り上げが期待されないということで、出版社から敬遠されがちだと聞く。時代を変える1曲があったように、衝撃的な1本の短編マンガがいくつもあったというのに。大賞の『ねぇ、ママ』は母的なものにまつわる短編集で、名盤のコンセプトアルバム1枚を聞くような趣がある。生活のなかの淡々とした会話から無言の見開きのドラマチックな情景へ流れていくときめき。どの人生の一瞬もなんてキラキラと愛らしいことか。この贅沢を手放したくない。こんな名短編集が出版され続け、売れ続けてほしい。優秀賞の上野顕太郎氏は業界内では昔から誉め言葉として「どうかしてる」と言われるギャグ職人である。これを機にどうかしてるぐらい売れてほしい。ギャグの灯を絶やさないために。新人賞の板垣巴留のような若くて凄まじい才能がまだマンガ界に現れることの嬉しさとありがたさ。すぐに「もうマンガは終わった」と言いたがる悲観論者の肩を叩いて「そう言うのはこれを読んでからにして」と『BEASTARS』を渡したい。人様のマンガを審査してあれこれ言えるような身分なのか問題を棚の上の奥の方に納めて3年。失敗とか後悔とか反省とか、恥ずかしいことが山のようにあったが、これも棚にぎゅうぎゅう納めておく。