第25回 エンターテインメント部門 優秀賞

Dislocation

映像作品、VR

Veljko POPOVIC / Milivoj POPOVIC[クロアチア]

作品概要

戦争や経済的状況、気候変動などの理由によって故郷を離れざるをえなかった多くの難民や移民が体験する、不信感や恐怖を感じる不条理な瞬間をVRを通して描いた作品。ギリシャの海岸、テキサスの砂漠、そしてスロベニアの森を一人さまよう主人公は、薄暗い空間で何者かから逃れようと身を隠している。その心のなかにある失われた故郷の記憶は、ゆっくりと朽ちていく。森の中では不気味な動きをする人物が突然現れ、主人公をおびやかすように近づいてくる。本作は、強制的に故郷を離れざるをえず、たどり着いた見知らぬ土地で命懸けで戦わなければならないという、極限状態に追い込まれた人間の内面的なプロセスを検証し、視覚的に表現している。鑑賞者は、難民の心のなかに入り込み、彼らの感情、残さなければならなかった家の記憶、新しい環境で敵意や不確かさに直面したときの恐怖や絶望を体験する。

贈賞理由

日本では難民移民問題は遠い国で起こっていることのように捉えられがちだが、私たちが知ろうとしないだけで日本にも生き抜くためにさまざまなケースで移住を余儀なくされている人たちが存在する。社会問題をテーマにしたら何でも良いのか、それならばドキュメンタリー作品のほうが良いのではないかという批判も想像つくなかで、ドキュメンタリー作品を観ようとしない人々にどのように興味を持ってもらえるのか、それこそエンタメに学びがあるのではないだろうか。VRは瞬時に異世界へ私たちを連れて行ってくれる。薄暗い森で顔の見えない、得体の知れない人と遭遇する。その不気味さから、彼らが経験する不安のたった数パーセントではあるが、VRによって瞬時に感じることができるのかもしれない。VRゲームによくある暗い雰囲気には食傷気味だったが、この作品はその暗さを上手くコンセプトとつなげた作品にしているように思えた。(長谷川 愛)