©Hiroaki Samura 2014

第18回 マンガ部門 優秀賞

春風のスネグラチカ

沙村 広明

作品概要

1933年、極寒のロシアを舞台に、ロシア革命によって帝政ロシアから共産主義ソビエトへと変化する激動の時代を背景とした歴史ロマン作品。とある別荘(ダーチャ)の管理人であるイリヤ・エヴゲーニヴィチ・ブイコフは、車椅子の少女・ビエールカともの言わぬ従者・シシェノークに出会い、「私が勝ったら、あの別荘に一週間泊めて下さい」と奇妙な賭けを申し込まれる。ブイコフは賭けに勝ったものの亡命することになり、結果ビエールカとシシェノークが別荘に住みつく。しかしながらすぐに秘密警察(OGPU)に捕らえられ、過酷な運命に巻き込まれていく。なぜ、そしてどこから彼らはこの地にやってきたのか。互いだけを頼りに生きる二人が背負う密かな宿命とは―。怪僧ラスプーチン、OGPU長官メンジンスキー、ロマノフ朝最大の貴族の後継者ユスポフ公など、ロシアの歴史を動かした実在の人物と主人公たちの運命が絡み合っていく。緻密な人物描写とストーリー展開で、歴史に埋もれた物語が明かされる。

贈賞理由

デビュー作であり連載18年・30巻に及んだ代表作『無限の住人』(第1回の本賞受賞)は、いわゆる時代劇の文法からははみ出た、沙村流のアクション時代劇であった。娯楽劇から猟奇的な作までを多様に描き、作品は「異色」と称せられることが多いが、それは作劇や作画面で、ジャンルの先行作を乗り越えようとする意志に溢れた面を指していると言える。本作は、ロシアの国家体制とロマノフ家周辺の歴史的事実を踏まえつつ、「秘められた歴史劇(言い換えを許されるなら、壮大な法螺(ほら)話)」を構築している点が、審査委員全員の支持を受けた。事実のピースを物語に配置し、魅力的な主人公とその従者に大きな謎を仕掛け、物語の進展とともに伏線を回収し、謎を解いていく。人物のすべてを愛情深く描いているのであろう、その表情・動作に美しさが欠けることがなかった。人物描写の緻密さ、物語運びの緊密さ、一巻を読んだ時の充実度は、群を抜いていた。(斎藤 宣彦)