©︎ Hana Josic / Kapelica Gallery Archive

第25回 アート部門 優秀賞

mEat me

バイオアート

Theresa SCHUBERT[ドイツ]

作品概要

作者自身の血液から採取した血清を使い、あらかじめ採取しておいた自身の筋肉細胞を再生させてつくられた培養肉を用いた研究プロジェクトおよびパフォーマンス。パフォーマンスは、実験室でのプロセスを記録した映像の投影を背景とし、作者自身の生検の再現として生肉を切り刻む場面、機械学習モデルを用いてつくられた実験室で育った細胞の人工人格と作者との対話、そして研究室で培養された自身の肉を調理し、食べる場面という三部構成。人間の細胞組織を基にした培養肉を用いることで、規範意識の境界線がシフトされ、人間と動物のあいだに存在する消費者主義的ヒエラルキーが解消される。それにより、食糧供給に対する新たな視点を提案する。本作はバイオテクノロジーが当たり前のものとなったポスト人間中心主義社会における精肉のあり方を問いながら、人間を食品として再解釈している。人体の不可侵性に疑問を投げかけると同時に、資本主義的な食肉生産を批判する作品。

贈賞理由

自らの細胞を用いて培養肉をつくり、それを食する細胞工学的カニバリズム。研究者が冗談半分に口にすることは今までもあったが、作者は自らの細胞と血液を用いて実験的なプロトタイプを提示し、それを食すパフォーマンスを通じてストーリーに挑発的な具体性を与え、身体と食をめぐる文化的前提を改めて揺るがしてみせる。特に興味深いのは、培養肉業界でも障壁になっている「細胞を育てる培地組成の問題」(動物の犠牲を伴わない前提だが、通常の哺乳動物細胞の培養には牛胎児の血清が用いられる)を逆手にとり、自らの細胞を培養するために自らの血液を使うという展開。これは、従来言及されてこなかった第二の細胞工学的カニバリズムである。生物学では培地をメディアと呼ぶ。血液が生体素材として作品に使用されるだけでなく、細胞を育てる培地になっているというメディアの二重性を含め、多重の自己言及性とメディアの多義性をはらむ問題作と言えよう。(岩崎 秀雄)