第25回 マンガ部門 優秀賞

私たちにできたこと――難民になったベトナムの少女とその家族の物語

ティー・ブイ[米国]

作品概要

ベトナム系アメリカ人の作者による、家族の歴史をたどる自伝的グラフィックノベル。物語は2005年、ニューヨークで作者のブイが出産する場面から始まる。母親となった彼女の現在の体験と、ベトナムで育った両親の幼少期からの人生の断片が交差しながら物語は進み、一家がベトナムからアメリカに脱出する過程も描かれる。その家族史は5世代にわたり、第二次世界大戦や第一次インドシナ戦争、ベトナム戦争といったベトナム近現代史の苛烈な時代のうねりが家族の歩みに重なる。本作は作者にとって、初めてのグラフィックノベル作品となった。大学院でのオーラル・ヒストリーの研究で両親の人生と向き合ったことを機に、家族の記憶を語る術としてマンガの描き方を一から学んだという。黒いインクの線画に加えて、朱色の水彩が、時に血や炎として濃く強く、あるいは家を包む暖かな空気を表わす淡い滲みとなって、連綿とつづく親と子の物語を染める。

贈賞理由

本作は家族の記録として描かれているが、オーラル・ヒストリーと「記録」という言葉には収まらない、芸術性あふれる長編の作品となった。この物語は、作者の息子の誕生とともに成長し、完成までに10年間はかかった。トラウマが次世代に伝達されていく描写がとても繊細であり、かつ巧妙で、作品全体は淡い水彩画で描かれ、懐かしくも、またどこか哀しい雰囲気も漂わせている。昨今書店でよく見るようなドキュメンタリー・ジャーナリスティックな作品群において、今作が際立つのは、生を産むこと、そしてその小さい命を失ってしまうかもしれない恐怖という女性の視点である。「死」と「生」が常に隣り合わせで、子どもを産んだ時点から作者の人生は母の人生と重なっていくが、反復される要素は、互いの異なる視点によって物語を引き立てていくことになる。過去から家族に起きてきた出来事は、現在に霊的に響くように思える。多くの読者と共有したいと感じる。(杉本 バウエンス・ジェシカ)