© Kentaro Ueno 2016

第21回 マンガ部門 優秀賞

夜の眼は千でございます

単行本・雑誌

上野 顕太郎[日本]

作品概要

1998年より『月刊コミックビーム』(KADOKAWA)で連載されている同誌最長連載のギャグ読切シリーズの単行本化作品。名作マンガや映画を題材に、高座の噺家の語りをそのままマンガにした「落語マンガ」のシリーズをはじめ、さまざまな芸術家の画風で描いた交通標識が実際に現れるナンセンスコメディや、かるた、法廷画家、テレビショッピング、シューベルトの『魔王』をネタにしたコメディ、さらに水木しげる、生賴範義、望月三起也らの追悼企画パロディなど、さまざまな趣向と技巧を凝らした読切作品、全42話が収録されている。作者は1983年のデビュー以来、『帽子男は眠れない』(1992)『ひまあり』(2000-02)など、緻密に描き込まれた作画と、不条理でシュールなギャグを得意とし、本作においても、渾身の力で放たれる、たたみかけるようなギャグ・パロディの連続に、独特の構成力・演出力が生かされている。

贈賞理由

この作品は単にギャグマンガとして優れているだけでなく、マンガ表現の多様性や可能性についても思わぬ角度から照らし出す楽しさやたくらみに満ちている。現代文学でいえばレイモンド・フェダマンの『嫌ならやめとけ』という小説を彷彿とさせるような迫力や遊び心がある。ページ数も付されることなく、ラップの歌詞のような饒舌体の文章が怒濤のごとく何百ページも続く奇書だが、そこでは小説という形はもはやほとんど原形をとどめておらず、ひたすら文学に関わる省察が果てしなく繰り広げられる。上野顕太郎も落語の語りを融通無碍に使いこなしながら、上野ならではの愉快でナンセンスな世界へと読者を誘っていく。読者は作者の森羅万象に対する粘り強い観察力や軽妙洒脱なユーモア精神、人間社会の馬鹿馬鹿しさや不条理を律儀に拾い上げるストイシズム、マンガ史も美術史も自在に横断するような教養に裏打ちされた巧みなマンガ表現に圧倒されるのである。(古永 真一)