23回 エンターテインメント部門 講評

エンターテインメントの新しい地層

さまざまな分野で大きな変化が起こる現在、地質学ではアントロポセン/人新世に突入したと言われている。これは人が約46億年続く地球の歴史のなかで、新たな人類の時代が地層として堆積しはじめたと議論されている。人間がいろいろな道具をつくり、考え、それに伴って多様な文明や文化、風習をつくってきた結果である。メディア表現やエンターテインメントも近年新しいフェーズに入ったのかもしれない。20世紀の始まりには次々とイノベーションが起こり、インターネットが当たり前になり、今では5Gが実装されようとしている。デバイスもムーアの法則に従って小さくなり、私たちの生活と環境を大きく変えた。特に表現分野ではデバイスは安くなり、さまざまなノウハウが共有化されることで、多くの人につくり手という選択肢を与えてくれた。テクノロジーの新しさで表現の凄さを見せる時代は終わり、コンテンツの本質、意義が問われそれが美しく実装されているかどうかで評価される時代になった。今の時代では、テクノロジーがすべてではなく、数多く手に入れた道具を私たちがどのように取捨選択することができるか、それを最大限に発揮するための意図や哲学は何なのかが問われている。結果として、デジタルは最新でアナログは古いという評価基準自体も捨てる必要がある時期に来ていると思う。今回エンターテインメント部門で大賞を受賞した映像作品『Shadows as Athletes』はそれを象徴しているかもしれない。視点を変える発見とそれによってもたらされる美しさがアナログでありながら、新しい発見でもある。子どものときにふと影の美しさに気づいた人は多いと思うが、映像として丁寧に仕上げることで、どこか忘れていたヒントを思い出させてくれたような気がした。優秀賞を受賞した『大喜利AI&千原エンジニア』はAIがキーになっているものだが、それを難しくするのではなく、誰しもが使えるエンタメとして表現していた。エンターテインメントは難解なものの入り口になりうるとよく言われるが、細やかなニュアンスなど非常に綿密かつ高度なテクノロジーによって表現が難しい「笑い」のレベルまで到達しているのはまさにこの部門にふさわしい作品だと思える。同じく優秀賞の『amazarashi 武道館公演『朗読演奏実験空間"新言語秩序"』』も参加の手法だけではなく現代の風刺とも言えるストーリーを紡ぐことで、エンターテインメントならではの異空間をつくり出しファンを魅了するコンテンツを実現していた。そのほかにもゲームや映像作品、ウェブコンテンツやサービスなど幅広い分野を横断して作品が選出された本部門は単なる楽しませるエンターテインメントから、もてなすという語源の本来の意味にまで拡張したと感じた。今の社会にも多くの問題が発生している。それを忘れるのも、それを考えさせるのも、それを体験するのもエンターテインメントには求められ、実際に時代に合わせて同梱している。メディアはそれぞれの役割を再定義しはじめ、老若男女リテラシーに関わらずすべての人々に対してコンテンツとして発信され続けている。数多くのコンテンツやアイディアが日々生まれる現在、文化庁メディア芸術祭はそれを顕在化し少し前の過去を振り返ることで、どの分野がどのように発展したのかを標本のように提示し、今社会が何を求めているのかを知るきっかけになる。審査の議論のなかでも広範囲の議論が行われたように、さまざまな人が少しでもよいのでコンテンツがどのようにつくられていて、なぜ今の時代に自分のところに届いたのか等を少しでも考えてもらえるとエンターテインメントコンテンツの多角的なおもしろさがわかるだろう。いよいよ教育でもプログラミングやデザインが取り入れられる今年、もしかしたら今見ているだけのあなたがコンテンツをつくる側になるときが来るかもしれない。ぜひ本芸術祭をきっかけにたくさんのパワーが詰まった創作物を楽しんでもらいたい。

プロフィール
齋藤 精一
株式会社ライゾマティクス代表取締役/クリエイティブディレクター
テクニカルディレクター。ライゾマティクス代表。