16回 エンターテインメント部門 講評

「今」をどのように見つめ、どのような態度で芸術に向かうのか

混沌とした世界情勢や将来の見えない不安と閉塞感などが、作品に反映してしまうのではないかという思いは杞憂に終わった。若者は元気であった。応募作品を通じて感じたことは、環境に惑わされずに自己表現するクリエイター魂の強さと、「今」を敏感に感じ取ってしたたかに作品に変貌させる器用さに驚かされたことである。
メディア芸術は過去を振り返らずに「今」を反映するものであるが、エジソンの発明した蓄音機というメディアはレコードやCDを介して配信メディアの時を迎え、音楽という芸術を一般に定着させていった経緯があり、コンピュータ・情報端末というメディアも楽しむメディアとして今まさに成熟してきた感がある。このようななか、今回応募してきた多くのクリエイターたちは、これからの時代を創っていく立場にあるということは確かで、彼らが「今」をどのように見つめ、どのような態度で芸術に向かうのかが問われていくに違いないと考えている。

自身の関係した初期のビデオゲームの映像・動作プログラムの総データ容量はわずか5KBであったため、厳しい制約のなかで遊びの要素を最大限かつシンプルに組み込むためにはどうすればよいかという態度で臨んだことが思い出された。現在のビデオゲームではブルーレイディスクであれば最大25GB(5KB比500万倍)のデータが使用できるためか、いたずらに情報データをシャワーのように使用者に浴びせかけてしまっているのではないかと感じてしまう。本来人間が持っている、少ない情報量でイメージを膨らませる感性が衰退しないように作り手も注意していかなければならない。メディアを通して楽しむエンターテインメントに関しては、表現者も受け手も比較的リラックスした態度で臨むことができたが、画像処理やセンサー技術などの表現処理媒体が出揃ってきた昨今の環境を鑑みると、楽しむだけの作品からさらに「意義のある存在」に昇華させていく、本来の意味での「創意」が今後はますますクリエイターに求められていくと思われた。

プロフィール
岩谷 徹
ゲームクリエイター/東京工芸大学教授
1955年、東京都生まれ。77年に株式会社ナムコ〈現:株式会社バンダイナムコゲームス〉に入社。80年、ビデオゲーム『パックマン』を制作。『パックマン』は「食べる」をテーマに制作され、世界中で高い評価を受けた。2005年には世界で最も成功した業務用ビデオゲーム機としてギネスブックから認定された。『パックランド』『リッジレーサー』『アルペンレーサー』『タイムクライシス』など50タイトル以上をプロデュースする。07年より東京工芸大学芸術学部ゲーム学科教授。日本デジタルゲーム学会理事。株式会社バンダイナムコゲームスフェロー。著書に『パックマンのゲーム学入門』(エンターブレイン、05年)がある。