16回 マンガ部門 講評

マンガが生み出す時空間の魅惑

本年度よりマンガ部門審査委員に就任した。これまで自身に受賞・贈賞の体験がないだけに躊躇したが、編集者が委員となるのは初めてと聞き、力を尽くすべく作品を読み込んだ。最終審査では、一次審査で上位に来ていたものほど長時間にわたり辛辣な議論に曝される。若干戸惑いつつも、作者がなした表現に別の者が判断を下すという、「場」で決まってゆくことの有機性・ダイナミズムを存分に感じた。入賞の『ましろのおと』は、才能をめぐる物語である(芸術と愛と革命を描く『ムチャチョ──ある少年の革命』も一部そうである)。この種の物語は「才能の継承/隠された天才性の発現/ライバルとの争い/葛藤・挫折」など、『巨人の星』(梶原一騎/川崎のぼる)を代表とする「スポ根」のフォーマットを踏襲することが多いが、本作もきわめて洗練されたかたちでそれを取り込んでいる(「三味線甲子園」が登場するあたり、象徴的であろう)。
『岳 みんなの山』『ムチャチョ』『GUNSLINGER GIRL』『凍りの掌 シベリア抑留記』はどれも生と死のギリギリの現場に発する物語だが、その時間・空間の取り扱いの多様性に驚くだろう。『千年万年りんごの子』は限定された空間の、『ぼくらのフンカ祭』は限定された時間(卒業までの期間)の、不思議さや、かけがえのなさを描いている。
物語とコマ構成の双方で圧迫感と開放感を自在に操っており、「キャラクターを立てる(動き・魅力を前面に出す)」ことを要求されることの多いマンガ誌上で、魅力的な時空間を提示している。
「魅力的な時空間」と言えば、すでに国際的評価の高い『闇の国々』もまさにその点が評価され、審査委員全員一致で最初に受賞が決定した。このシリーズが、長い年月をかけて架空の都市・国が創造されており、邦訳され(オーラのある)ハードカバー単行本にまとめられたという旅路には、ロマンを感じる。偶然の縁(つながり)ながら、『闇の国々』の代表的一編『Brüsel』を、大友克洋が総監督を務めたアニメーション映画『MEMORIES』(1995)で引用していたのも忘れがたい。最後まで作品内容優先で審査したが、「審査委員会推薦作品まで含めた約40作が、"現在・日本・マンガ"の"幅"を示すものになっていればよいな」と事前に考えていた。結果的に、それは実現しているはずだ。

プロフィール
斎藤 宣彦
編集者/マンガ研究者
著書に『マンガの遺伝子』(講談社現代新書、2011年)。共著に『マンガの読み方』(宝島社、1995年)、編集・執筆した本に『日本一のマンガを探せ!』(宝島社、97年)、『こんなマンガがあったのか!』(メディアファクトリー、99年)他多数。00年、ネット書店「bk1」創設に参加、編集長、取締役などを歴任。04年以降『青池保子コレクション』(ブッキング)の編纂、『ニッポンのマンガ』(朝日新聞社、06年)の監修、雑誌・コミックスの創刊、09年「サンデー・マガジンのDNA」展の監修(夏目房之介と共同監修)、マンガ施設運営など、マンガ関係の編集・プロデュースで活躍。