8回 アート部門 講評

実世界の物体や事象をベースにした新しい表現が目立った

創設されて2年目のアート部門には、今回も800点を超えるエントリーがあった。海外からの応募もこの部門に集中し、メディア芸術祭がメディアアートの世界的な広がりの一翼を担っていることがひしひしと感じられた。応募作品の質は全般的に高く、主要な国際公募展で高い評価を得た作品が数多く寄せられたと同時に、若手や学生の作品が斬新な発想や表現で我々の目を引きつけた。審査はアーティストの知名度や作品の展示歴に関係なく、各作品のオリジナリティや完成度を評価すると同時に、それぞれの作品がメディアの特質をどのように生かして今までにない視点や経験を見る者に提供し、メディアアートの新たな可能性を切り開いているかという点に特に着目した。優れた作品がひしめく中から6つの賞を選ぶ作業は困難を極め、審査委員全員による議論は長時間に及んだが、この分野の本年の収穫を代表するにふさわしい受賞作品を選出できたと思う。一方、審査委員会推薦作品も受賞作品に劣らないレベルであり、メディアアートの多様性と国際性を感じ取るためには、ぜひ、推薦作品もじっくり見ていただきたい。今年の傾向としては、実世界のリアルな物体や事象をベースにした新しい表現が目立った。審査委員会では、「リアルの反撃?」というコメントも出たが、反撃というよりむしろ、イマジネーションやバーチャルな表現と実世界とのより高度な結合であり、デジタル技術の介在によって、現実世界の持つ奥行きの深さ、あるいは、今まで当たり前のように見過ごしていた事象に新たな意味やディメンションが立ち現れてくる、というべきであろうか。デジタル映像技術やインターネットが飛躍的に発展しても、我々の身体や生活は現実の物理的な世界にあって、社会との関わりの上に成り立っている、という事実の持つ豊かな意味を、アーティストたちはユニークな着想や豊かなイマジネーションを通じて改めて伝えてくれる。

プロフィール
草原 真知子
早稲田大学教授
1980年代前半からメディアアートのキュレーションと批評、メディア論研究で国際的に活動。筑波科学博、名古屋デザイン博、神戸夢博、NTT/ICCなどの展示のほか、SIGGRAPH、Ars Electronica、ISEAなど多くの国際公募展の審査に関わる。講演、著作多数。デジタルメディア技術と芸術、文化、社会との相関関係が研究テーマ。UCLA芸術学部客員教授。工学博士。