第24回 マンガ部門 講評
躍動と静謐、円熟と清新、その振れ幅のおもしろさ
表現ないしエンターテインメントの世界における「コロナ禍」にはさまざまな局面があるが、最も深甚な被害を端的に言えば「対面的コミュニケーションの阻害」と言えるだろう。音楽や演劇に比べればマンガの被害は概して軽く、制作の面でも流通の面でも、デジタル化が年々進んでいたことが功を奏した部分もある。ただし「同人誌即売会」に関しては別だ。首都圏開催の巨大即売会を筆頭にほとんどが中止の憂き目に遭い、どうにか開催できても参加者数を厳しく絞らざるを得ず、収入を大幅に減じた採算性度外視の形態を余儀なくされている。日本のマンガの豊かな多様性は同人誌即売会に下支えされており、つまりこれはマンガ全体の危機である。新潟を拠点とした即売会「ガタケット」の立ち上げに関わり、40年近く運営に携わってきた坂田文彦氏に功労賞をお贈りしたのは、これまでの功績もさることながら、地方での中小規模の即売会の役割が今後ますます大きくなることをふまえての、ささやかなエールである。同人誌方面の苦境を反映してか、今年は同人誌など自主制作作品の応募が昨年より少なかった。そんななかで、残念ながら賞は逃したが、『水辺のできごと』が心に残った。毛筆を用い、版画を思わせるザラリとした描線で、彼岸と此岸が溶け合う幻想的な一瞬を懐かしい風景のなかで描いてみせている。佐賀のお国言葉も効果的だ。全体的な傾向としては、「横綱級」とでも言うのか、すでに高い評価を受けた作品の存在が大きかったと言える。群を抜いておもしろいことは言を俟たないが、その魅力をどのように捉え、比較し、賞を贈るべきか、審査委員として自分の力量が試されている感すらある。『3月のライオン』と『ゴールデンカムイ』がいわば双璧で、誠に甲乙つけがたかったが、ゆるぎない総合的な完成度の高さで前者に大賞を、後者にはその社会的影響力を重視してソーシャル・インパクト賞をお贈りした。いずれも、歴史に名を刻み、末永く読み継がれるべき名作である。優秀賞の『イノサン Rouge ルージュ』は、人間の度し難き醜悪さを、圧倒的な描画力と構成力で逆説的な「美」に昇華した問題作。世に不寛容が蔓延する今こそ読まれるべき作品だ。時宜にかなった社会的メッセージを娯楽読み物の形で発信できることがマンガの強みのひとつで、ほかの作品も然り。ライフコースが多様化するなかで、女性が一人で生き、死んでいくことの悲喜こもごもを描いた『ひとりでしにたい』。パキスタンの少女・マララさん襲撃事件を受け止めて、私たちの生きる世界は今、新たな命を生み出すに値するのかを問いかける『かしこくて勇気ある子ども』。それらのアクティブな魅力と対照的に、静謐が心に染み入るのが『塀の中の美容室』。人気小説を原作に、刑務所の中で受刑者が従事する美容室という閉じた空間から、かえって人の心や社会のありようが広く見渡せるという不思議な感覚を、卓抜した描画力で楽しませてくれる。新人賞は、現時点の完成度より今後の成長と活躍を見通して評価する観点からも、読者を作品に引き込んでいく「腕力」が決め手になることが多い。キャラクターの動きのよさで「スイング」を体現する『スインギンドラゴンタイガーブギ』。極端な状況と激しい感情の揺れに、圧倒的な腕力で読者を引きずり込む全力疾走の『マイ・ブロークン・マリコ』。身近な状況の中のちょっとした異物から物語を紡ぎ、静かなユーモアで読者を包み込んで、心地よい温かみを心に残す『空飛ぶくじら スズキスズヒロ作品集』。今後にも大いに期待したい。最後に、作品の側でなく、この賞の側の課題について。U-18賞に対象作品が少なく、昨年に続いて該当作なしとなったことは実に残念なことだ。若くして頭角を表す作家がマンガ界にいないはずもなく、作品募集における我々の力不足を痛感する。また、展覧会やイベントを通常の規模で開催できない今、受賞作を世に広めるうえでの工夫が今まで以上に求められる。肝に銘じ、知恵を絞りたい。