第17回 アート部門 講評
愛の記憶をつなぎ、抵抗の歌をともに
豊かなメディアによる創造性と社会への真摯な問い掛けの可能性を実感した審査であった。大賞を受賞したカールステン・ニコライの作品に関する贈賞理由(p.22)にも記したが、メディアの過去と現在を結ぶ芸術への愛が感じられ、また表現者たち個別の成熟したまなざしを通して過去の複製芸術の媒体、例えば「書物」などが再認識され、人類の汲みつくせぬ文化資源や歴史に最先端の実験がクロスオーバーし、未知の世界を切り開く心躍る瞬間に立ち会える喜びがあった。グラフィックアート分野で優秀賞に輝いたベネディクト・グロスの『The Big Atlas of LA Pools』は、オープンソースを利用してロサンゼルスにある約43,000個のプールや性犯罪者などをマッピングし、約6,000ページ74冊の本にまとめあげた作品で、一見乖離しているように見えるデータの関係性を示唆する社会学的探求ともいえる。膨大なグラフィックイメージとして本に落とし込まれたのは、貴重な元データやソフトが、ある日突然ネット上から消えたり使用不可能になるネット社会特有の不安定性への抵抗であろう。一方、やはり最終形を本にした新人賞の『The SKOR Codex』のアイメリック・マンスーによれば、書物は後に解読されるべき「普遍的な未来のタイムカプセル」として選択され、数千年続く文化的保管装置にゆるぎのない信頼が置かれている。さてGPSなどの高度な科学技術が戦争のテクノロジーと関連しつつ開発されてきたことは周知の事実だが、出現したシステムは世界中でソーシャル・ネットワークや文化的表現にも活用されている。そうしたエンターテインメント的なツールの陰に元来の目的は隠ぺいされることも多い。戦場とはほど遠いリラックスした日常環境の中でコンピュータ画面だけを見ながら、まるでゲームのように無人飛行機を操作し爆弾を投下する若い兵士の映像を山形国際ドキュメンタリー映画祭で見てぞっとした経験がある。優秀賞のジェームズ・ブライドルのプロジェクト『Dronestagram』は、非戦地帯における無人飛行機攻撃地点を確定し、地名を探索してその土地の鳥瞰画像とともにオンラインの配信機能を用いて人々に伝える作品である。メディアを逆利用しつつ殺りく兵器に抗議し、更に誰でもが使用できるプログラム自体への問題提起でもある。なぜならその内容は主に、空中から地上を見落ろす視覚的醍醐味とその快楽を誘発する装置として一般に通用しているからだ。『Situation Rooms』で優秀賞を受賞したリミニ・プロトコルは、東京の人口統計から住民の素顔を再構成した『100%トーキョー』という作品で、2013年に開催された演劇祭「フェスティバル/トーキョー」に招待されたユニットである。タイトルはケネディ大統領時代にホワイトハウスの地下に緊急事態対処用に作られた24時間体制の状況分析室の呼称であり、ウサマ・ビンラディン殺害の映像を見るオバマ大統領ら13名がいた場所として有名になった。戦争やホビーの射撃などで銃器と関わった体験を持つ出自の異なる20人の物語を20室の空間として設置し、観客はナレーションや映像をたどりつつ、武器や凶器と関係した人々とバーチャルに交わり、自らの立ち位置を探る。映像を通じて観客同士も絡み合う要素もあり、殺人につながる銃器への批評をこめた再認識を促す作品といえる。新人賞のホーチ・ローの『Learn to be a Machine │DistantObject #1』はインタラクティブアートへのユーモアたっぷりで風刺的なパフォーマンスである。アモール・ムニョスの『Maquila Region 4』は、メキシコでの低賃金労働者を励まし、刺繡された一種のバーコードがその人柄を伝える信号となる仕組みで、両新人賞作品はともにヒューマンな余韻に満ちている。消滅と生成を繰り返すシャボン玉が主役の三原聡一郎の優秀賞『 を超える為の余白』は、3.11以後の虚無が去来する現実に対する芸術のはかなさと、だがそれでも問いかけ続けねばいられない創造者の意志が繊細に表現されている。