第18回 アニメーション部門 講評
作品の持つ重力の差
今回の審査を通してやや物足りないと感じたことは、日本から応募の短編作品に力強さが少し足りないように思えたことである。去年は若々しく個性溢れる作品が数多く見られ賑々(にぎにぎ)しかったことを考えると、ちょっぴり残念であった。対照的に大賞の『The Wound』(ロシア)や優秀賞『PADRE』(アルゼンチン)、『The Sense of touch』(フランス)に見られるように、海外の短編は普遍性のあるテーマに対して立ち向かおうとする作者の強い姿勢が感じられる本格派の作品である。新人賞には『Man on the chair』(韓国)と、『コップの中の子牛』も国内からの応募ではあるが、中国人監督による中国文化を背景に人が生きることを正面から見据えた重厚な作品である。賞の選からは漏れた審査委員会推薦作品にも、海外からは重みのある秀作が数多く見られた。
日本の作品を海外のものと単純に比較するのはナンセンスかもしれない。応募作品だけをもって、すべての傾向として見ることはできないが、今回の短編の応募作品を概観する中で、相対的に見て日本の作品には" 重力"を感じさせるものが少なく、未成熟さを感じさせるものも少なくなかった。これは昨今の日本の、特に若者文化に見られる低年齢化をそっくり反映しているためであろうか。それともネット社会における、あまり深く考えずとも発信し続けることに慣れてしまった世代の持つ生理のせいか。社会性や精神性を語ることを胡散臭(うさんくさ)く野暮なものと見る、ある種の軽さをよしとする風潮と無関係ではあるまい。個性的である(と思い込んでいる)プライベートな視点から、内向きに見ているものを表現することで自己完結してしまい、他者へのメッセージ力が弱い感がある。そうした作品であろうとも、弾けるようなパワーか、引きずり込まれそうな重力がそこから伝わってくれば、未成熟を凌駕(りょうが)して新鮮さが際立ち、印象はまったく違ったものになるのだが。