24回 エンターテインメント部門 講評

問題は、エンターテインメントが解決する。

この原稿を書いているのは、2度目の緊急事態宣言の再発令が数日後に迫るタイミングである。自ずと緊張感が高まっている。マスクやトイレットペーパーを買いだめするような行動は、控えようと思っている。ここまで家にいることを推奨されるフェーズはない。より多くの作品と再び出会うために、本棚を新しく買おうとも思っている。メディア芸術が、新型コロナウイルスの特効薬になるという科学的根拠はまだ存在しない。芸術と芸能には、常に不要不急であるかどうかの疑問符がついてまわり、それに従事する者たちは、表現そのものの必然を常に問われながら次の生きる道を探っている。疲弊し硬化する国民の心を、無条件にやわらかくしてくれるのがエンターテインメントだ。二重のバイアスに見舞われながらも、クリエイターたちは新しい作品を生み出し、観客と向き合おうとする。頼もしい限りだ。なかでも『劇団ノーミーツ』は、多くの表現者が足踏みをしているなか、いち早く作品の雰囲気をタイムラインに流し込んだ。国の文化的な補償が確立するよりも早く、経済圏を新しくつくり出した。その功績は大きい。本公演を重ねるたび、その真新しい手法は深みを増すばかりである。大賞に輝いた『音楽』は、コロナ禍に至る以前に制作されたものだが、審査委員満場一致での選出となった。個々に評価するポイントは異なるだろう。数ある手法や技術が連立する現代において、ロトスコープというけっして新しくない方法論で制作されたアニメーションが、文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門の大賞に選ばれたということが、何だか誇らしかった。未見の人はぜひ観て欲しい。まだ出会ったことのない『音楽』と新しく出会えるはず。『らくがきAR』は、そのクオリティはもちろんのこと、ステイホームで閉塞した家を明るくしてくれたことを評価した。名前通り、フリーハンドで描いたようなラフな絵が、拡張現実的に生命を与えられて動き出す。マンガの作者もユーザーとして参加したことで、読者との新しい関係を築くことに成功していた。『分身ロボットカフェ DAWN ver.β』は、ALSなどの重度障害者、さまざまな事情で外出が困難な人たちに社会的な役割を与える社会実装型の作品だった。わずかに動かせる体の一部をセンシングして通信、離れたカフェの客の相手をする。体験したALS患者のひとりが、自分でも誰かの役に立てることに感動していた。『0107 - b moll』は、都市のひんやりした雰囲気と通勤電車が向かってゆく方向が、何とも現代的。コロナ禍においても静かに動く経済圏、夜明けを待たずとも地続きに存在する光の羅列が美しかった。『アンリアルライフ』は、ドット絵ならではの表現を、懐古的なアプローチではなく異世界への導線として使っているところにセンスを感じた。『Canaria』は、VRならではの映像体験で、トラックごとの配置を観賞者の視点と同期させることで、やがてさらなる奥行きを獲得するだろう。どの作品も、現実で失われゆく密度を、新しく構築しようとするものだった。エンターテインメント部門から功労賞に推薦したのはさくまあきら氏。新シリーズも好評の『桃太郎電鉄』を、1988年にゼロから企画してつくり上げた人物だが、さくま氏も画面のなかだけで起こっていることだけではなく、ゲームの内容がいかに画面の外側つまり現実に作用するかを当時から考えて設計されていた。数々の素晴らしい作品に審査委員として触れるたび、こうしたメディア芸術の感性で、社会問題を解決できないものかと考える。深刻であればあるほど、エンターテインメントが解決すべきではないかと責任を感じる。私は今年度をもって任期満了、審査委員の任を解かれる。次は表現者として、または生活者として、芸術や芸能と関わっていく。不要不急という言葉に惑わされない方向へ、メディア芸術を拡張していく。

プロフィール
川田 十夢
開発者/AR三兄弟 長男
1976年、熊本県生まれ。99年にミシンメーカーに就職。面接時に書いた「未来の履歴書」の通り、同社ウェブ周辺の全デザインとサーバ設計、全世界で機能する部品発注システム、ミシンとインターネットをつなぐ特許技術発案などをひと通り実現する。09年に独立し、やまだかつてない開発ユニット「AR三兄弟」の長男として活動。主なテレビ出演番組に「笑っていいとも!」「情熱大陸」「課外授業ようこそ先輩」など。近年の活動として、『星にタッチパネル劇場』(東京・六本木ヒルズ)、『ワープする路面電車』(広島)を発表。渋谷でコントライブ『テクノコント』を旗揚げするなど、実空間を拡張することにも乗り出している。毎週金曜日22時00分からラジオ番組「INNOVATION WORLD」(J-WAVE)が絶賛放送中。ジャンルとメディアを横断する、通りすがりの天才。