25回 アニメーション部門 講評

「テーマ性」を いかに評価すべきか

第25回文化庁メディア芸術祭に審査委員として初めて参加することになった。今回の体験はまず自分にとって非常に勉強になる体験であった。普段接することが少ない海外の短編作品に触れられることから始まり、自分の価値判断を言語化する努力の必要性、ほかの審査委員の評価基準を理解するおもしろさなどとてもためになることばかりだった。審査そのものについては、初めての体験なので比較対象がないが、スムーズに進行したのではないだろうか。それは審査委員のなかに明確な判断基準があったからというだけではなく、受賞作にどのような作品が並べばよいか(アニメーション部門としての姿勢・メッセージが見えてくるか)というイメージが共有されていたからではないかと感じた。ゴールのイメージの共有があればこそ、非常に繊細なバランスの上に成り立った選考結果であるにもかかわらず、スムーズに「収まるところに収まった」形に決まったのだと思う。このあたりも個人的によい経験だった。
審査を通じて個人的に感じたのは「テーマ性」をいかに判断するか、の難しさだ。エンターテインメント作品は、テーマそのものはシンプルなことが多い。
応募作でいうなら、日本のメジャー流通作品はその傾向が強い。これそのものは悪いことではない。ただ短編の短いからこそ表現可能な強烈なテーマを扱った作品と並べると、先鋭的ではない、という印象も拭えない。こうした「賞」というのは「表現領域の拡張に資する作品であることが重要な要素であるから」シンプルなテーマはどうしてもそこだけでは評価しづらくなる。それそのものは作品の欠点ではないにもかかわらず、だ。審査における「テーマ性」の重みはどうあるべきか。そこを自問しながらの審査でもあった。

プロフィール
藤津 亮太
アニメ評論家
1968年生まれ。アニメ評論家。新聞記者、週刊誌編集者を経て、フリーのライターとなる。Web媒体、アニメ誌などに文章を多数執筆。著書に『アニメと戦争』(日本評論社)、『プロフェッショナル13人が語る わたしの声優道』(河出書房新社)、『ぼくらがアニメを見る理由』(フィルムアート社)などがある。東京工芸大学非常勤講師。