20回 アート部門 講評

不可視のシステム

文化庁メディア芸術祭の審査委員に就任して3年め。1年めの審査ではメディウム/メディアについて考え(審査講評「メディアを批判的に意識すること」★1参照)、2年めは古い、あるいは絶滅したメディアについて思いを巡らせた(審査講評「オールド・メディアの想像力」★2参照)。それらはそれぞれ、私自身の研究─主に近代の視覚文化研究─からひっぱり出してきたトピックである。私の研究対象と2010年代中盤のメディアアートとは、時代もコンテクストもまったく違うのだが、なぜか不思議に呼応したのだ─。それは、興味深く、スリリングな体験であった。最後となる今年は「システム」について考えてみたい。現代に生きる私たちとは、さまざまなネットワーク・システムの結節点に過ぎないのかもしれない。と書けば、インターネットのことを話しているのだと受け止められるかもしれないが、そのように考えたのは、最近私が19世紀の終わりから20世紀のはじめにかけて都市部を中心に世界を覆いだした電力のネットワーク・システムについて調べているからだ。例えば同じ照明でも蝋燭は、いわばスタンド・アローンで光る。一方で電灯は、懐中電灯などを除き、ネットワーク状に張りめぐらされた電力システムなしには灯らない。電灯に先行するガス灯も同様であった。トーマス・P・ヒューズが『電力の歴史』(原題:Networks of Power、1983)で、電力システムを「文化的制作物」と捉え、それは「それを建設した社会がもつ物質的、知的、象徴的資源を具象化したもの」であると述べているように、不可視のネットワーク・システムは、人間の動きを変化させ、その動きの変化によってのみ、システムは感知されるようになる★3。ということは、近代社会における人間という存在は、システムを可視化するメディアとしても考えうるのかもしれない。今回、優秀賞に選ばれた吉原悠博『培養都市』は、まさにその不可視な電力という不可視のネットワークを可視化する試みである。全国を、字義通り「網羅」する電力のネットワークは、発電所から高圧電線を通じて端末にいる私たちに電力を供給しているが、その「網」そのものは、都市に住む私たちには見えないし、都市そのものが、地方に「培養」されている事実もまた目に入らない。それを鉄塔と高圧電線のある風景の連続によって、浮かび上がらせるのが、この作品である。大賞に輝いたRalf BAECKERによる『Interface I』がシステムそのものを主題とした作品であることは言うまでもないだろう(p.23参照)。また優秀賞のBenjamin MAUSとProkop BARTONÍČEK『Jller』では、川辺で採集された小石が、画像認識によってそれぞれの出自、生成年代別に分類される。これは徹底的な観察によって世界を整然としたグリッドに配置しようと試みた博物学的な知のシステムを自動化したもののようにも思える。またモダニズム的な芸術概念を具現化したシステムである額縁とホワイト・キューブの白い壁を表象することで、芸術システムの均質性と微細な差異を前景化したのが、新人賞のNina KURTELA『The Wall』であるとも考えられよう。システムとは、私たちを縛る七面倒なものだ。アナーコ・パンク・バンドのCRASSが、私たちは死ぬまでシステムに支配されていると歌うように★4。しかし、私たちはシステムなしで生きることはできない。月並みな言い方をすれば、それは空気のような─私たちの周りにあり、私たちの住む場所を限定し、そして目に見えない─ものかもしれない。それを可視化するのは、工学や社会科学やデザインだけではない。アートも─そして人文学も─それを批評的に浮かび上がらせることができるはずだ。

★1─『第18回文化庁メディア芸術祭 受賞作品集』p.239─240。★2─『第19回文化庁メディア芸術祭 受賞作品集』p.241─242。★3─ T・P・ヒューズ『電力の歴史』(市場泰男訳、平凡社、1996)、p.14。★4─ Crass, "Systematic Death," Penis Envy, Crass Records, 1980.

プロフィール
佐藤 守弘
視覚文化研究者/京都精華大学教授
1966年、京都府生まれ。コロンビア大学大学院修士課程修了。同志社大学大学院博士後期課程退学。博士(芸術学)。芸術学・視覚文化論専攻。著書に『トポグラフィの日本近代─江戸泥絵・横浜写真・芸術写真』(青弓社、2011)など。最近の論文に「産業資本主義の画像=言語─写真アーカイヴとセクーラ」(『PARASOPHIA 京都国際現代芸術祭2015[公式カタログ]』、2015)、「キッチュとモダニティ─権田保之助と民衆娯楽としての浪花節」(『大正イマジュリィ』11、2016)など。翻訳にジェフリー・バッチェン『写真のアルケオロジー』(共訳、青弓社、2010)など。第62回芸術選奨文部科学大臣新人賞(評論等部門)受賞。