25回 アニメーション部門 講評

パンデミックで変容 した今こそみえる、 生きるということ

今年度アニメーション部門では、総計565の応募作品があった。新型コロナウイルスのパンデミックがまだ終焉しておらず、不自由な環境のなかでの制作は想像以上に困難だったと思われるが、昨年度の応募総数を上回ったのは、我々審査委員にとって嬉しい悲鳴であった。
テーマやモチーフとして、「死」を取りあげた作品が多かったというのが総合的な印象だった。それは世界中を震撼させたパンデミックや政治不安の連日のニュースなどで、文字どおりの「死」を、物理的だけでなく映像を通じて日常的に体験したことが関係しているのかもしれない。しかし、「死」そのものを描くというよりも、「死」のイメージを通して、ヒューマニズムや「生」というものを捉え直すというような、批評性の高い作品が目立った。
そんな多 様な作 品 群のなかで、大 賞の『The Fourth Wall』は、そのユニークなモチーフもさることながら、映像の奇想天外さが耳目をひいた。「the fourth wall(第四の壁)」というのは、演劇用語でフィクション(物語)と観客を隔てる境界線という意味であるが、いち家族の関係性という小宇宙が、視点ショットや渦巻のような回転映像で、私たち観客の世界へ侵食してくるのがおもしろかった。子どもの視点で見る洗濯機の母親、冷蔵庫の父親……そして滴る水滴の表現も秀逸だった。優秀賞は劇場アニメーション『幾多の北』、短編アニメーション『Letter to a Pig』、劇場アニメーション『漁港の肉子ちゃん』、テレビアニメーション『Sonny Boy』と、バラエティに富んだラインナップとなった。前者2作品は、人間の苦悩、死、不安など負の部分を主要テーマにしながら、もがきつつも前進する意思が感じられた作品でもあった。後者の2作品は、エンターテインメント性を保持しつつも、若者にとって、生きるとは何か、世界をどう捉えるのか、という大きなテーマに通じる作品だと思う。
ソーシャル・インパクト賞は、モルモットを車にするというユニークなパペットのキャラクターを使ったストップモーション・アニメーション『PUI PUI モルカー』が受賞した。子どもも大人も、思わず「現実にこういうことあるよね」と思うような話題、そしてオチの連続。パペットを使った約3分のショートアニメシリーズがここまでバズるのは初めてという意味でも、まさにソーシャル・インパクト賞に相応しい作品である。

新人賞はテレビアニメーション『オッドタクシー』と短編アニメーション『骨噛み』と『Yallah!』が受賞した。こちらはすべて「死」が内包されているが、そのアウトプットの仕方はさまざまである。『オッドタクシー』は、主人公の両親の事故死、アイドルの卵の死をめぐる謎と、現代社会が抱える問題をつなげるミステリー・エンターテインメントとも見える作品である。ネットオークション、ゲーム課金、SNSなど便利で身近な世界がはらむ恐怖にもハッとさせられた。『骨噛み』は、火葬後に骨を食べる風習をモチーフにした、子ども=作者の内的世界を描いた作品。点描と光の表現のインパクトが、死とトラウマをめぐる物語を巧妙に幻想的にさせ、引き込まれた。『Yallah!』は、1982年のベイルートにおける内戦をモチーフにした3DCG作品。戦争という「死」が身近な世界にもかかわらず、プールで泳ぎたいという少年と焦る大人の対比が興味深い。泳ぎたいという子どものささやかな願いすら、大事件になる不条理を我々に提示してくれる。
3年間審査委員を務めさせていただいたが、この短期間においても実にさまざまなアニメーションの技術、表現の変遷を垣間見ることができたのは、大変名誉であり、幸せな時間であった。受賞には至らなかった作品のなかにも、受賞作品にひけをとらない素晴らしい作品もたくさんあった。ここで挙げさせていただいた受賞作品以外にも32もの審査委員会推薦作品がある。ぜひ実際に鑑賞して、自分の「推し」作品を見つけてもらいたいと思う。

プロフィール
須川 亜紀子
横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院都市文化系教授
英国ウォーリック大学大学院映画・テレビ学科博士課程修了。PhD。専門は、アニメーションや2.5次元舞台などのポピュラー文化論、オーディエンス/ファン研究。日本アニメーション学会副会長。テレビアニメーションにおける少女表象やオーディエンスについてジェンダーの観点から研究。最近は「2.5次元文化」における女性ファン研究に従事。主著に『少女と魔法―ガールヒーローはいかに受容されたのか』(2014年日本アニメーション学会賞受賞、単著、NTT出版、2013)、『Japanese Animation: East Asian Perspectives』 (共著、University Press of Mississippi、2013)、 『Teaching Japanese Popular Culture』 (共著、AAS、2016)、『Shôjo Across Media』 (共著、Palgrave Macmillan、2019)、 『Women's Manga in Asia and Beyond』 (共著、Palgrave Macmillan、2019) 、『アニメ研究入門<応用編>』(共編著、現代書館、2018)、『アニメーション文化55のキーワード』(共編著、ミネルヴァ書房、2019)など。