25回 マンガ部門 講評

時代のなかにある マンガ

今回の審査は難航しそうだな……応募作品を見て最初に感じたことである。100m走で言えばゴールの瞬間0.1秒のなかに全走者が同時にゴールインしたようなもの。であるから選考に窮するだろうと思った。それほどまでに審査対象作品はレベルが高かった。机上にコーヒーの入ったマグカップを置き、並んだ順に審査作品を読み進めていく。
ところが、ある程度読み進んだところであることに気が付い
た。あれ、今回はアナログ作品が多いの? いや、このマンガ作品は一見アナログだけどデジタルなんじゃない? 去年までの審査ではアナログ作品とデジタル作品は容易に区別できたのに今回の応募作品はその違いを見分けるのが困難になっている。なぜだ? 読み進めるのを中断してこの謎を解いてみることにしようと複数の作品を見比べてみた。わかった。大方のデジタル作品はアナログ仕上げ風に加工していたのである。
日本マンガの読者はアナログ、手描き風のマンガ絵が好きなのであろうか? 審査途中でまた考えてみた。日本においては、貸本マンガから始まり月刊マンガ雑誌、そして週刊マンガ雑誌と長い時間をかけて数多くのマンガが市場に広まっていった。そして、それらのマンガ原稿はデジタル機器による作画が容易になるまでは手描きで制作されていた。つまり、長いあいだ手描きのマンガを読み続けていた読者は手描きのマンガのほうが安心して読めるのかもしれない。そう思ったマンガ家も読者にわかりやすく伝えるためにアナログ風にしたのかもしれない。ここで改めて応募作品を見てみると、ひと頃よりデジタル感が薄れてアナログ風に描かれたマンガが多くなったように感じる。読み進んでいくうちに、これはストーリーにも関係しているのではないかと思ってきた。以前より明らかにファンタジー、異世界系の作品が減ってきていたのである。現実あるいは現実に即した世界のストーリーマンガが多くを占めている。アナログとデジタル、現実世界と異世界。
これらは何かしらの関連性があるのではないだろうか。現実世界を描くにはアナログ、異世界を描くにはデジタル、という風にその世界を描くにはそれに合った作画技法があるのではないだろうか。確かにアナログの優しい線描写は現実感を増し、デジタル処理は現実世界にない効果を生み出す。アナログそしてデジタルの手法は読者をそれぞれの世界に導く有効な手段なのだろう。ひとつ、マンガ家としての目線から、マンガ家は職人気質の方が多いため、その職人魂がデジタルを使って、いかにアナログに見えるか挑戦している向きもあるようにも思われる。どちらにしてもマンガ家は読者を自分の世界に引き込むために最善の努力を続けているのである。
一方、マンガのストーリーのほうにも変化が現れている。ストーリーの構成そのものに大きな変化はないのだが、出てくるキャラクターに性別を感じなくなってきているような気がする。男女の別はもちろん、人間でもなくそれこそ一個のキャラクターとしてマンガ紙面、画面の中で動いている。これもまた読者が安心して読める要素のひとつではないだろうか。このことは社会の情勢も大きく関わっているような気がする。
このように、前回までの審査作品と今回の審査作品は大きな変化はないものの確実に変わってきている。マンガ家自体も変化しているし新しいマンガ家もどんどん出てきている。マンガ作品の発表の場も紙媒体だけでなくネット配信のみの作品もある。多様な変化の繰り返しによってこれからもマンガは進化し続けるだろう。マンガだけでなく世界も変化し続けている。これからの時代を反映したマンガはどんなものになるのかは誰にもわからない。しかし、来たるべき未来がより良い世界、明るい世界になるための一助となる作品が多く出てくることを希望する。

プロフィール
倉田 よしみ
マンガ家/大手前大学教授
1954年生まれ。秋田市出身。高校卒業後ちばてつや先生に師事。5年半のアシスタント生活を経て独立。第4回小学館新人コミック大賞に入選。入選作「萌え出ずる・・・」でデビュー。1984年から描きはじめた「味いちもんめ」で1999年第44回小学館漫画賞受賞。「味いちもんめ」は現在も連載中。平成21年から大手前大学で教鞭をとり始める。日本の学生だけでなく世界各地、中国、韓国、台湾、マレーシア、パリ、シアトル、モンゴル、ウクライナでワークショップを開く。マンガジャパン会員、日本漫画家協会理事。外務省日本国際漫画賞、漫画家協会漫画賞、中国広州金龍賞、マレーシア新人漫画賞等の審査員を務める。