第19回 マンガ部門 講評
デジタルマンガの新しい問題点
本年度のマンガ部門への応募作総数は948作と過去最高になった。これだけの応募数があるということは、母数となる出版点数の多さも意味しているが、単純に喜ぶのは早計である。現在、マンガ単行本の1点あたりの売れ行きは減少傾向にあり、出版社は売り上げを確保するために出版点数を増やす傾向にあるからだ。ただし、出版全体の売り上げが落ち込みを続けるなか、マンガの売り上げは前年比で微増傾向にあるという。電子書籍として販売されるデジタル作品の売り上げが伸びているからである。その状況を象徴するように、応募された単行本・雑誌連載作品(アナログ作品)の大多数が、デジタル作品としても販売されていた。また、昨年度はスマホ向けの縦スクロールマンガが数多く応募されてきたが、本年度のデジタル作品は、アナログ作品と同じ1ページ、もしくは見開き2ページ単位で見る(読む)マンガが大半であった。この傾向は、間違いなく液晶ディスプレイの高解像度化がもたらしたものだ。デジタル作品もアナログ作品と変わらないページ構成で描いておけば、ウェブ作品をマネタイズするため単行本化する際も、コストがかからずにすむ。このような風潮のためか、デジタル作品には、デジタルならではの新奇性や驚きに充ちた作品が減っている印象がある。応募作のなかにも、同じソフト、同じ機材を使ったとおぼしき絵柄と描線の作品が多く見受けられたが、この傾向は、マンガに不可欠の個性の喪失にもつながっているのではないか。マンガの点数増加に、合理化を主眼としたデジタル作画技術の進化が関係しているのだとしたら、やはり素直には喜べない。その点、本年度の受賞作品は、いずれも個性溢れる作品ばかりであった。大量の作品を読んでいるとき、自然に目を惹かれ、心惹かれるのは、やはりほかとは異なる独自性を持った作品になってしまうのは、いたしかたのないことであろう。大賞受賞の『かくかくしかじか』(東村アキコ)は、まさに、この作者にしかつくりえなかった作品である。心理学では行動主義と呼ばれる反復繰り返しの教育は、軍隊の新兵教育(ブートキャンプ)にも相通ずる内容で、美術系の大学で教鞭を執る立場としても興味を惹きつけられた。だが、最後には、そんな自分の立場などすっかり忘れ、ただ涙した。優秀賞4作のうち『淡島百景』(志村貴子)は、まず絵に惹かれた。構成も巧みで、この先どうなるのか楽しみが尽きない作品である。『弟の夫』(田亀源五郎)は、一般マンガ誌に舞台を移したせいでもあろうが、従来の作品を知る身としては、温かさと優しさに包まれた作風への変貌に少し驚かされた。『機械仕掛けの愛』(業田良家)も、すでに高い評価を受けている作品だが、とうに描き尽くされたのではないかと思われるロボットを題材に、大長編偏重の傾向が強いマンガ界において上質の短編を描き続ける作者の姿勢には、ただただ敬服するばかりである。
『Non-working City』は、当初、マーカーの荒いタッチが気になったが、とりわけ建造物の造形が見事で(マカオの建築家とのこと)、最後には、その絵で訴えようとする気迫に圧倒されていた。
新人賞の3作品中、もっとも心惹かれたのは『町田くんの世界』(安藤ゆき)である。主人公である町田くんの飄々としたキャラクターは、映画『フォレスト・ガンプ』を彷彿させて憎めない。心理学マンガともいえそうな新しいタイプの作品で、今後の展開に期待大である。『エソラゴト』(ネルノダイスキ)は「『ガロ』みたい」という声が多かった。同人誌には二次創作ばかりでなく、本作品のように個性豊かな作品も多いのだが、応募されてこないのが寂しい。同人作家の奮起を望む。『たましいいっぱい』(おくやまゆか)は、一見、ブログマンガや同人マンガのようでいて、読み込んでいくと不思議な味がある。「三年目」がよかった。落語好きなもんで。