第23回 マンガ部門 講評
「今」そして向こう側へ
ここ何回か、人工知能やロボットに関わるマンガの受賞が目立つ。テーマ性の強い作品が入賞することが多いなかで、とりわけこの題材は、「人間とは何だろう、人間はどうあるべきなんだろう」という普遍的なテーマを直接描き出すことができるからかもしれない。とはいえ、それぞれに驚くほど異なっている。リアルな近未来社会を想定して細やかにシミュレーションしたもの(第21回優秀賞『AIの遺電子』山田胡瓜)、哲学的問いと科学的考察を下敷きに思い切りエンターテインメントしたもの(第22回大賞『ORIGIN』Boichi)、そして今回の、「新種人類」としてのロボットを寓話的に描いた『ロボ・サピエンス前史』、それぞれのやり方でそれぞれに何かを「極めている」マンガだった。AIやロボットについては日々技術がアップデートされていき、常識も年々覆されていく可能性が高い。だが『鉄腕アトム』から連なる名作とともに、マンガとして昇華された作品はそれぞれに「今」を刻み付け、同時にいつの時代にも通じる深いメッセージをもった作品として記憶されることだろう。加齢に伴うリアルな機微を描いた『あした死ぬには、』、書くことで自分と向き合い自立していく娼婦の物語『鼻下長紳士回顧録』など、女性の生き方に迫る作品も目立った。自費出版作品である『大人になれば』は内容がいいのはもちろんだが、同人誌即売会とはまた違う、SNSを通じて話題になっていくという現代らしい過程があり、それでいて紙の凝った造本であることもユニークだった。「今」の新しさとマンガの本としての連なりを同時に感じさせてくれた。また、今年度はソーシャル・インパクト賞が新設された。今までの賞ではすくいきれなかった、実際に社会に大きな影響を与え波紋を広げた作品を表彰できるようになった。その1回目の受賞作が、闇金融での取り立てという違法行為に携わる『闇金ウシジマくん』であることは、マンガのすごみを表しているのかもしれない。U-18賞も同じく増設されたが、マンガ部門からの受賞該当作は残念ながらなかった。マンガ部門こそ若い人たちが最も盛んに創作しているジャンルなはずので、今後生かしていっていただければと思う。過去2回もそうだったが、審査委員会推薦作品のなかにも最後まで賞を争った作品がいくつもある。ここまでくるとどの作品も個性豊かで甲乙つけがたく、わずかな事で結果が分かれた。気になったマンガはぜひ手に取って読んでいただきたい、心からそう願う。私の審査委員は3回目で、これで卒業だが、普段読めていないマンガの広い世界を感じ、一マンガ描きとしてむしろ勉強させていただいたとしか思えない。鋭い社会的テーマを扱った作品、軽やかで心おどる作品、心象に沈み込むような作品、作者の国籍も媒体もさまざま。そのなかで皆がマンガという手段を通じてさまざまな表現を試みておられて、「自分ももっといろいろな表現ができるのではないか」という勇気をもらった気がする。ただマンガはもっともっと広がりをもっていて、マンガの読書体験は一人ひとりにとって違い、それぞれに価値がある。アプリの縦スクロールマンガの更新を待ちながら1本、また1本と読んでいくわくわく感とか、SNSのタイムラインに流れる深刻な書き込みのあいまにふとやってくる育児マンガにキュンときたり、そういう作品を本にまとめて読んでもなかなかその良さに気付けないような気もする。今この時も、自分の知らないいろいろな形でのマンガが自分の知らない場所で生まれ、思いもよらない環境で読まれているのかもしれない。そんな「新しい可能性を拡張する」優れたマンガを、本芸術祭は評価できると信じている。