17回 マンガ部門 講評

ジャンルと表現の枠を越えるマンガの裾野

本年度よりマンガ部門の審査を担当することになり、応募作品が集まる前から可能な限り多くの作品に目を通してきた。その過程で感じたことは、マンガの世界のロングテール化(インターネットを用いた物品販売の手法、または概念のひとつ。多品種少量販売によって、総体として売上げを大きくするもの)が加速していることだった。世間一般に認知されているのは一部のメガヒットだけで、他にも面白い作品があるはずなのだが、膨大な出版点数の中に紛れ込み、見つけにくくなっている。だからこそ、この文化庁メディア芸術祭のようなイベントが、読むべきマンガの指針としても重要となるのではないか。そのような意識を持って初の審査に臨んだが、大賞となった『ジョジョリオン』(荒木飛呂彦)は、まさに実績も充分なメガヒット作品で、「何を今さら......」という思いがあったのも事実である。だが、大賞に推すのなら、世界に通用する力を持った作品にしたいと考えていたこともあり、『ジョジョリオン』への贈賞に賛成した。今回の候補作中では、一頭地を抜く作品であるだけでなく、20年もの長期連載でありながら、表現の上でなおも進化を続けている点には、ただ敬服するしかない。大賞は全員一致に近い状態で決まったが、優秀賞は審査委員の推す作品が多岐にわたり、決定までに時間を要することになった。『ちいさこべえ』(望月ミネタロウ/原作:山本周五郎)は、時代小説の原作を本来の意味で換骨奪胎した下町の人情譚である。キャラクターは表情を変えず、動きもほとんどない。読んでいてじれったいのに、同時に心地よくもある不思議な作品である。セリフ優先の淡々とした描写は小津映画を思い起こさせた。『昭和元禄落語心中』(雲田はるこ)は、刑務所から出所した若者が落語家を目指す物語だが、主人公と師匠を巡る人間関係がドラマチックで、巻が進んでも飽きさせない。『ひきだしにテラリウム』(九井諒子)は、いまどき珍しいショートショート集で、一編ごとに絵柄を変えるなど実験精神にも富んでいる。同時に読者のマンガリテラシーが試される作品でもあるが、これもマンガには違いない。『それでも町は廻っている』(石黒正数)は、マンガとしての普遍的な面白さを持った作品で、もっと社会的に認知されていいのではないか。ギャグマンガでありながら短編小説の趣もあり、実に多彩な顔を見せてくれる。それは作者の芸の多彩さでもある。新人賞は、審査委員になる前から読んでいた町田洋の『夏休みの町』と、受賞には至らなかった『青いサイダー』を最初から推した。ウェブ雑誌に掲載された作品だが、縦スクロールしながら読むと、偶然だろうが、花火が錯視により回転して見えるという発見もあって楽しめた。『塩素の味』(バスティアン・ヴィヴェス/訳:原正人)は、「感覚」を楽しむマンガであろう。水泳部出身で、今も時々プール通いをしている身には、この透明感と浮遊感あふれる感覚は実によく分かる。ツンと鼻の奥を刺激するカルキ臭まで感じられるほどだ。しかし、ただそれだけで、何か物足りないような気分にもなる。『アリスと蔵六』(今井哲也)は、以前だったら壮絶なバトルものになりそうな題材だが、より身近なライトノベル的な世界に落とし込んでいる。面白いのだが、こぢんまりした印象で、でも、若い読者にはそれがいいのだろう。今年の受賞作品は、審査委員会推薦作品も含め、まさに百花繚乱の感があったが、意外だったのは、国内からの応募作にデジタルを意識した作品が少なかったことである。デジタル化された作品は、アニメーションやエンターテインメント部門に応募された可能性もあるが、海外からの応募作には、読者がタブレット端末を操作して絵を描くというインタラクティブな作品もあった。ここまで来るとマンガの定義についても再考しないといけないが、それもこのような開かれたマンガ賞の重要な役割ではなかろうか。

プロフィール
すがや みつる
マンガ家/京都精華大学教授
1950年、静岡県生まれ。高校卒業後、マンガ家アシスタント、編集プロダクション勤務などを経て石森プロに所属し、71年、『仮面ライダー』(原作:石ノ森章太郎)にてマンガ家デビュー。児童マンガを中心に活動し、83年、『ゲームセンターあらし』(小学館、1980)、『こんにちはマイコン』(小学館、1982)の2作で第28回小学館漫画賞を受賞。大人向け情報マンガや娯楽小説の分野で活動後、2005年、教育工学を学ぶため早稲田大学人間科学部eスクールに入学。11年、60歳で早稲田大学大学院人間科学研究科修士課程を修了後、12年より京都精華大学マンガ学部非常勤講師、13年より同大学教授。著書に『仮面ライダー』シリーズ、『一番わかりやすい株入門』(共著、講談社、1985)、『マンガでわかる小説入門』(ダイヤモンド社、2005)、『仮面ライダー青春譜』(ポット出版、2011)などがある。