16回 アニメーション部門 講評

「日常」という主題の台頭

「物語」の退潮が著しい。
あるいは「物語る意欲」がアニメーションの世界から喪われつつある、と言うべきかもしれない。おそらくここ数年の傾向だと思えるのだが、テレビシリーズ、映画作品を問わず「物語」が大幅に退潮し、それに代わって「日常」という主題がアニメの世界を席巻しつつあるらしい。日常における登場人物の感情の機微を描く─というより、もっと直截に「気分」を描くことに終始する作品が、明らかに増加している。それはもはや傾向というより、あたかもひとつのジャンルとして形成されたかのような印象すら抱かせる。
劇的なるものが、もはや以前のようには求められていないのかもしれない。

だが制作者の側からするなら、それでいいのかという思いは残る。なぜなら少なくとも日本におけるアニメーションの歴史は、ただひたすら劇的なるもの、物語を語ることのみを追求してきたからであり、結果としてそれが日本のアニメーションに、ある独自性を生み出してきたからだ。その表現が稚拙であったにせよ、物語を語ることに特化する、そのことで獲得された独自の表現形式を、いとも簡単に投げ捨てて、ではその次にどのような表現が立ち現われてくるのか。
「日常」なるものが、それに代替しうるとは思えない。物語の退潮という状況のなかで、新たな物語を語る意欲を示したいくつかの作品を推した、それが最大の理由でもある。

プロフィール
押井 守
映画監督
1951年、東京都生まれ。静岡県熱海市在住。東京都立小山台高等学校、東京学芸大学教育学部美術教育学科卒業。84年よりフリーランスで活動。斬新な映像世界に国内外を問わず、注目が集まる。ゲームクリエイター、小説家、脚本家、漫画原作者、劇作家、大学教授。2008年より東京経済大学コミュニケーション学部客員教授就任。主な作品に『うる星やつら オンリー・ユー』『機動警察パトレイバー 劇場版』『GHOST IN THE SHELL /攻殻機動隊』など。アニメーション映画『イノセンス』(カンヌ国際映画祭オフィシャル・コンペティション部門出品作品)により、日本SF大賞を受賞。