第22回 アート部門 優秀賞
Culturing <Paper> cut
メディアインスタレーション、バイオアート
岩崎 秀雄 [日本]
作品概要
客観的と思われがちな生物学の論文が、実際には「驚くべきことに」「面白いことに」といった主観的な表現に満ちていることに端を発した、バクテリアを使用した作品。始めに、作者自ら池などに発生するシアノバクテリア(光合成をする微生物)の性質を調べ、論文を書き、その論文中の主観的な記述部分を切り取る。図表部分はできるだけ生かすように切り進め、その後、切り絵の要領で有機的かつ抽象的な造形を切り刻む。そして、研究対象としたバクテリアを「主観的記述が切り取られた部分」に植え付ける。バクテリアは、論文の空白部分をゆっくり運動しながら増殖していく。主体的記述を削除したバクテリアについてのテキスト、科学的表象としての図、切り絵部分の有機的な造形、そしてテキストが扱っているバクテリアの運動の軌跡とが絡み合い、独特の模様が形成されていく。科学の記述様式を問い直し、科学的行為と芸術的表現のあいだに新たな補助線を引く試み。
贈賞理由
どの領域に軸足のある研究者も、自らの研究対象について言及・記述する際には細心の注意を払う。例えば美学・美術史を学ぶ者にとって「美」の記述は非常に注意深く行われるべきものであって、不用意かつ主観的に「美しい」などと論文につづることのなきよう、「第三者によって再現可能であることに基づく理系・工学系論文を参照せよ」と厳しく指導された自分の学生時代を思い起こさせられる。ところが、そのニュートラルな記述の拠り所である論文(本作品では「生物学」領域)が、情動的な主観的表現に満ちていたとしたら……。作者は、論文における客観性やディスクリプションの問題・つまずきをバイオアートや工芸的な切り紙の造形によって解体・再構築・可視化していく。科学とアートに共通する「生命」をテーマに、ハッキングやジェネラティブな造形、表現としての行為を併せて提示していることに加え、成果としての作品のクオリティが高く評価された。(森山 朋絵)