©︎ Shun Umezawa

第25回 マンガ部門 優秀賞

ダーウィン事変

うめざわ しゅん[日本]

作品概要

カリフォルニアの生物科学研究所に武装したテロ集団・動物解放同盟(ALA)が侵入。実験用動物を逃がしている途中、流産しかけているチンパンジーを発見し、動物病院に運ぶも彼らはそのまま逃走する。生まれた赤ん坊は人間とチンパンジーの交雑種「ヒューマンジー」だった。「チャーリー」と名付けられ、人間の養父母のもとで成長した彼は高校に入学。同級生のルーシーと仲良くなり、楽しい学校生活を送るが、さらに苛烈なテロ活動を行うようになったALAがチャーリーを仲間に引き入れようと画策し過激な工作活動を始める。そして学園を揺るがす「最凶の事件」が勃発。チャーリーとルーシーを巻き込んだ緊迫のサスペンス&アクションが展開されていく。「テロ」「炎上」という現代が抱える問題、「差別」「不寛容」というヒトが持つ宿痾に、「ヒト以外」のチャーリーがルーシーとともに向き合う。ヒトがヒト以外の存在としてチャーリーを糾弾するとき、チャーリーが淡々とヒトに問い直す言葉が我々の視点を揺さぶる。

贈賞理由

人間とチンパンジーの交配種である「ヒューマンジー」の存在が問いかけるのは、内省し会話する亜人間にも人権は与えられうるか、という哲学的主題だ。その主題はヴェルコールのSF小説『人獣裁判』(白水社、1953)に共通しつつも、はるかに洗練された語り口で展開される社会派、というよりは哲学サスペンスである。卓越した画力と意表を衝く奇想、正確な考証と緻密な構想、悠揚迫らぬ語り口で展開する壮大なストーリー。日本のマンガ作品で、これほど説得的にリアルな「アメリカ社会」を描きえた作品をほかに知らない。ヴィーガンとテロリズムの対比は、PC(政治的正しさ)の影ではびこる差別と野蛮の描写と同様、現代社会の抱え込んだアンビバレンスを見事に描き出す。今後物語は、動物と人間の境界をめぐる困難な主題へと進んでいくだろう。今最も目が離せない作品のひとつである。(斎藤 環)