第20回 功労賞
飯塚 正夫
コンテンツ・マネージャー
プロフィール
1941年、東京都生まれ。63年、株式会社虫プロダクション入社。日本初の連続テレビアニメーション『鉄腕アトム』で、手塚治虫が考案したバンクシステムの運用を担当し、改定や体系化を行なうなど制作状況の改善に寄与。また、映像フィルムの原版をはじめとする作品の制作資料や参考図書を収集整理し、資料図書室化を実現。74年、株式会社創映社の企画・資料・広報の素材作成を担う。77年、サンライズスタジオ(現・株式会社サンライズ)の創設者たちとともに『機動戦士ガンダム』などの企画立案に携わる。また、独立プロダクションにとって最大の財産である、版権の商品化や出版を提案し監修にあたる。同社においても、広報への資料素材の提供のために資料室を開設。のちには企画・版権・資料の業務を分立し、後継の育成に尽力する。晩年は、資料のデジタルデータ化のファイルシステムを導入するなど業務改善に貢献。2001年に退社、隠退。
贈賞理由
1941年、東京都生まれ。63年、株式会社虫プロダクション入社。日本初の連続テレビアニメーション『鉄腕アトム』で、手塚治虫が考案したバンクシステムの運用を担当し、改定や体系化を行なうなど制作状況の改善に寄与。また、映像フィルムの原版をはじめとする作品の制作資料や参考図書を収集整理し、資料図書室化を実現。74年、株式会社創映社の企画・資料・広報の素材作成を担う。77年、サンライズスタジオ(現・株式会社サンライズ)の創設者たちとともに『機動戦士ガンダム』などの企画立案に携わる。また、独立プロダクションにとって最大の財産である、版権の商品化や出版を提案し監修にあたる。同社においても、広報への資料素材の提供のために資料室を開設。のちには企画・版権・資料の業務を分立し、後継の育成に尽力する。晩年は、資料のデジタルデータ化のファイルシステムを導入するなど業務改善に貢献。2001年に退社、隠退。