第22回 マンガ部門 優秀賞
百と卍
紗久楽 さわ [日本]
作品概要
江戸・幕末に実在した歌舞伎役者と演劇史をモデルにした『かぶき伊左』など、江戸時代を舞台にした作品を手掛けてきた作者が、初めて男性同士の恋愛を題材としたボーイズラブ(BL)に挑み、文政末期の男色を描いた。江戸時代に茶屋などで客を相手に男色を売った男娼(陰間)上がりで、手習所で下男奉公する天真爛漫な百樹と、祭りや見世物小屋での笛吹きを生業とする伊達男卍(万次)。2人はある雨の日に出会って以来、義兄弟の契りを交わし、浅草の古い長屋に暮らしている。物語を通して、彼らの親密な関係が、かわいらしさのあるコミカルな表現を交えつつ、筆を思わせる柔らかくシャープな線で艶っぽく描かれる。2人の暮らしぶりが江戸時代の史実に基づいているのはもちろん、性表現には当時の春画風俗を多く取り入れた。男性同士の恋愛模様を、江戸のエッセンスを詰め込みつつ、卓越した画力と詳細な歴史考証をもって描いた、異色のBL作品。
贈賞理由
BL、男色、腐女子。そんなキーワードや差別冷笑的なこれまでの固定観念をそろそろ改めるべきではないか。それが本作を推した最大の理由である。古代ギリシャ時代から男色はあたりまえのものとして存在しており、日本においても当然古代からあった。平安・鎌倉・戦国時代のそれらを語る紙数はないが、本作の舞台である江戸時代に限っても「陰間茶屋」は「吉原遊郭」同様存在していたのだし、当時最も人気のあったベストセラー『東海道中膝栗毛』の主人公、弥次さん喜多さんも男色の関係にあり、それを当時の読者たちは別段不思議とも奇妙とも思わず愛読していたという事実を我々は忘れてはならない。『かぶき伊佐』で江戸歌舞伎の魅力を濃厚に伝えてくれた作者は、本作でも「こういう絢爛な劣情があったのよ」と現代の視野狭窄した読者たちにニッコリ教えてくれた。これは貴重な書物であり、我々も「平然と」読むべきなのである。(みなもと 太郎)