©Santiago Grasso

第18回 アニメーション部門 優秀賞

PADRE

短編アニメーション

Santiago ‘Bou’ GRASSO

作品概要

軍事独裁が終わり、民主主義が芽生えつつある1983年のアルゼンチン。軍司令官を引退し、病床に伏す父親の看病にすべてを注ぐ一人の孤独な女性が描かれる。周囲は彼女に、新しい一歩を踏み出し変化を遂げることを求めるが、彼女は時計の振り子に操作されているかのように、ただ同じ毎日を繰り返すことに固執する。彼女はますます家にこもり、差し迫る社会変動を拒むかのように、ひたすら父親の看病に没頭する。しかし、外の世界は確実に変革をとげ、現実の叫びに耳を傾け行動を起こすよう彼女に迫る―。コマ撮りと3DCGの技法を用い、3年もの期間をかけて制作されたアニメーション。緻密にモデリングされた人物や小道具を撮影し、更にデジタルな処理を加え、重厚かつ独特な質感を生み出している。質の高い造形美と豊かな表現力で、日常を描写したアニメーション作品だ。

贈賞理由

一軒の家。薄暗い午後の室内。刻み続けられる時計の音。3粒のカプセル薬が、チリンと陶器の皿に置かれる―。研ぎ澄まされた緊張感を持つ、素晴らしい冒頭である。舞台は、軍政と民政の狭間で揺れ続ける1983年のアルゼンチン。ラジオから聞こえるその民衆の喧騒(けんそう)とは対照的に、張りつめられた無言の時間の中で静かに続けられる、独りの初老女性の日常動作と、その視線。映画全体を通じて、描かれるのはただそれだけだ。花を生ける。包みを開ける。食器を洗う。盆に盛る。神経が痛むのか、そっと手首を押さえてしまう癖がある。台所のシンクを中心に、そんな日常のさまざまな所作と視線が、丹念に、的確に描かれる。そしてこの映画は、その日常の凄みを描けなければ成立しない。技法は3DCGだが、写実ではなく省略や表現様式を基調とした見事な造形とアニメートには、人形アニメーションの伝統が感じられる。確かな手腕を持った35歳の新鋭監督による、優れた短編作品である。(和田 敏克)