第24回 アート部門 優秀賞
Sea, See, She – まだ見ぬ君へ
メディアインスタレーション
See by Your Ears(代表:evala)[日本]
作品概要
完全な暗闇のなかで、「耳で視る」という感覚をもたらす「音の映画」。音だけの世界に約70分包まれることにより、それぞれの観賞者の脳内には、まったく異なるビジョンが浮かび上がる。作者が手掛けたサウンドは、水滴、波音、空間を切り裂くような人工音を響かせ、ミクロとマクロをダイナミックに横断する。上映終盤には、立体音響システムから放たれる高密度なサウンドと関根光才による特殊な映像によって、さらに空間としての抽象性を昂進させ、映像よりも鮮明な映画体験が立ち現れる。それらはノイズやアンビエントといった現代音楽を連想させつつも、一般的に想像される音楽とは異なる、プリミティブな音によって構成されたものだ。具体的なイメージにとらわれずに、観客の自由なイマジネーションを刺激する同作は、視覚情報過多の現代において、音の持つ可能性を最大限に引き出した。
贈賞理由
まっ暗闇のなかで進行する1時間ちょっとの立体音響作品。前方のスクリーンでは、濃い青白色のパターンがゆっくりとその形を変えていく。これは光の明暗を青色の濃淡に変化させる独自のフィルター設置法を使ってつくり上げたものだという。水の音、風の音、火の音、鳥や獣の咆哮、心音、波の音、木の櫓を漕ぐ音、機械音、女の子の深い溜息、強力な蒸気音、人工音。それらが遠ざかりつつ近づきつつ、周りを取り囲む。時間の向きを見失う作品だ。一般に聴覚は抽象的かつ空間的で、人は自分の記憶によってのみ、そこに具象性を与えることができる。視覚イメージとは対照的だ。いったいパントマイムのサウンドバージョンはあるのだろうか。新生児に音を聞かせると、頭のうしろの視覚野に活性が見られるという。耳で観るとは脳科学的にはおかしくない。僕らも新生児に戻って、新しく知覚体験を始めようではないか。そんな気持ちを引き起こす秀逸な作品だ。(池上 高志)