14回 受賞作品アート部門Art Division

大賞

優秀賞

奨励賞

審査委員会推薦作品

審査講評

  • 原 研哉
    グラフィックデザイナー
    膨大に蓄積した“時間”への問い
    審査に参加して感じたことは「時間」についてである。それは何百もの大小の缶詰を無言で目の前に置かれたような戸惑いに近いかもしれない。人間は限られた時間を許されて生きている、長さの決まった紐のような存在だ。現在、情報空間の中では作品が累々と増殖し、個に許された時間とは相容れない速度で奔放なる堆積を見せている。何十万曲もの音楽、何万タイトルもの映像。自分の接触の限界を遙かに超えた「紐の長さ」を思う時、ある種の虚無感を感じてしまうのだ。静止画像の場合、動く現実や膨大な情報を、瞬時の理解へと導く合理性が表現の質を支えている。「時間」を要する作品は、そこをどう意識すればいいのだろうか。勿論、時間を短くすればいいという短絡的な問題ではないことは明らかだが、そこにどういう感覚を働かせればいいのだろう。そんな問いが生まれてきたのである。
  • 関口 敦仁
    情報科学芸術大学院大学(IAMAS)学長
    ロボットという記号の意味の変遷
    メディアアートに含まれるメディアの概念は、その時代や年により、記号としての意味を常に変え続けている。例えばロボットから得られる意味は、先端的な新しい技術とともに、過去から見た未来というアナロジーを引き出し、人間により近付いたロボットの出現によって、前現代的語彙としての印象を強調する。一方、環境という神が創ったロボティクスは、先端技術により人間の手で環境ロボットとして社会を形づくる社会エージェントとして浸透していくのだろうか。われわれはロボティクスに対する評価を、機能美や機構美から発生した社会的機能性に評価を与えていたにせよ、芸術的接続を予感せざるを得ない。かつてのキネティックアートの作品群が情報技術で繰り返されつつある状況の中、今回の審査では、完成された外観や唐突な組み合わせに芸術性を感じてしまう作品を、自分自身「認めてしまうのだな」ということも知った。
  • 後藤 繁雄
    京都造形芸術大学教授
    変換装置型アートモデルの登場
    今、アートにおいて、グローバルとローカルの相関が最も重要な問いだと思う。その答えは時にクールジャパンとオタクであり、Webが開くボーダレス社会であり、アートマーケットでの価値として現れる。しかし、今回の審査で、とりわけインスタレーションに現れた衝撃は、その枠ではくくれない大きなものだ。現代美術の既存領域が隘路に陥っている中、テクノアートのモデルが、時代のアートのキーモデルにシフトする。だが、それはもちろん、機械やシステムの目新しさへの評価ではない。人間がそれを使いこなし、感覚や知覚を拡張するからでもない。アートという価値変換の仕組みが革新されようとしているのだろう。配置型、参加型を超えた変換装置型のアートモデルである。既存の美術館やギャラリーが、それらをアートとしていかに取り込めるかが鍵となる。今回の展覧会では、ぜひその予感を味わっていただきたい。
  • 岡﨑 乾二郎
    近畿大学国際人文科学研究所教授
    カテゴリー区分の有効性の喪失
    メディア芸術祭のカテゴリー区分はおそらく暫定的なものであった。メディアアート、あるいはメディア芸術という呼称自体が過渡的なものであることを反映してもいるのだろう。つまり媒体技術の区分と表現内容による系列区分=ジャンル分けが、論理的整合性のないまま併存している。その結果いくつかの区分は有効性を失っている。例えばWebは単一のデスクトップで鑑賞するスタイルがスマートフォンなどの普及で解体を余儀なくされている。技術開発は相変わらずだが問題として明らかになってきたのは技術ではなくコンテンツを仕切るジャンル形式の強度だ。例えば同じ絵画技術でも静物画と風景画は異なるジャンルであり、それぞれの成立には異なる文化的編成の過程が必要だった。デジタルフォトというジャンルはもう存在しない。相手にすべきは写真、いや画像の歴史そのものだ。
  • 四方 幸子
    メディアアート・キュレーター
    社会と人々の関係を創造的に開くアートの役割
    海外からの応募が多いアート部門だが、今年度はその比率が43パーセントとこれまでになく高まった。映像、デジタルフォト、グラフィック(平面)、Webでは、全体的に既視感を伴うものが多く見られたのに対し、インタラクティブアート、インスタレーションでは、日常化する技術とそれによる社会の変容を反映する作品に新たな傾向を見出せた。
    後者の2種類が表現メディアや方法を限定せず、むしろ複数のメディアや領域の連結を許容するためと思われる。つまりアートの表現が、既存の技術、美学、表現方法に収まらず、より多様化しつつあり、それ自体がメディア芸術の本質的特性の1つであることが改めて確認できたように思う。 受賞者決定においては、審査員の票がほぼ重なったが、それは受賞者レベルとそれ以外との差が歴然としていたことを意味する。大賞作品は『The EyeWriter』と2つに意見が分かれた中で選出された。受賞作の傾向は大きく2つに分けられる。1つめは完成度が高く、空間的・知覚的インパクトを持つ作品。しかも単なるスペクタクルではなく、距離を置いたまなざしを保つもの。2つめに作家性から離れ、情報共有、DIY*など日常から広く公共へと向かうプロジェクト。両者とも観客の参加を促す点では共通している。
    最後に全体として、技術の先進性よりも新旧の技術をいかに再発見・編集し得るかという、より成熟した方向にシフトしていること、アートが社会と人々の関係を異化し、より創造的に開いていく役割を持ち始めたことを実感した。