25回 受賞作品マンガ部門Manga Division

大賞

優秀賞

ソーシャル・インパクト賞

新人賞

審査委員会推薦作品

審査講評

  • 杉本 バウエンス・ジェシカ
    龍谷大学国際学部国際文化学科准教授
    マンガ表現の 多様性は無限
    コロナ禍が残念ながら続いたこの1年間は、数回の自粛を余儀なくされたため普段よりは多くのマンガを読んできたつもりでしたが、そこはどうしても自分の好み、興味範囲や研究領域から視野が狭くなっていました。今回審査委員を務めることになり、硬直気味の私の「マンガ観」がリセットされたような気がして、私自身にとっても良い機会となりました。これも応募された皆様のおかげです。国内外から数多くの優れた作品に触れることができて光栄です。
    さまざまなストーリー設定、多様な物語性、画風の幅広さと芸術性の高さ、おもしろくてたまらない作品が、世の中にこんなにも多いことに感激もしました。それゆえに多くの作品を読み終え、審査するとき、この豊富なセレクションから数作品を選ばなければならないとなるととても悩みました。ほか4人の審査委員の先生方と相談しながら慎重に審査を進め、多少意見が分かれたとしても、この審査結果に私自身は納得できています。
    今回の受賞作品や推薦作品を今後も多くの方に読んでいただければ、また、新しいマンガを発見していただくことになれば幸いです。推薦作品のなかには、テーマとして完全にフィクションのマンガもあれば、社会問題である、パンデミック、孤独死、セクハラ、児童虐待、ゴミ屋敷などに触れるマンガもあり、どれも独特な作風で興味深いものばかりです。社会問題を取りあげているにもかかわらず説教っぽさもなく、ドキュメンタリーとして、また同時に娯楽として読んだりと、さまざまな楽しみ方ができ、とても勉強になりました。教壇に立つ者として、その一部はゼミ生とも読んでいきたいと思います。
  • 島本 和彦
    マンガ家/株式会社アイビック代表取締役社長
    時代の真っただなか で魅せる 良い「切り口」とは
    マンガの裾野の広がりを感じる。技法が時代によってどんどん変化してゆくのはマンガに限らず多くの表現、芸術作品がそうなのだろうが、表現の頂上に向かって突き進んでいると感じるものもあればこんな身近な題材がテーマで成り立つのだと感じるものも多かった。
    50年ほど前、週刊誌が有名マンガ家だけで埋め尽くされていた時代には「このような描き方ができないとプロになれない」という切羽詰まった気持ちで「このなかに入れる才能も実力も自分にはない」と絶望的な気持ちになった。今はテーマ的にも表現方法でもさまざまなアプローチの方法があって、作品を発表するのに親切な時代になっている。また参考になる作品も探しきれないほどあふれている。過去のヒット作を追体験しようとするといくらでも果てしなく存在する。言ってしまえば「新しい作品がなくとも一生マンガを読んでいられる」世界に私たちはいる。なのにそのなかで、やはり「この時代ゆえの新しい作品」が必要なのだ。マンガは旬であるかどうかがとても重要視されるジャンルで、どれだけ今という時代を切り取れるかにかかっているところがある。
    文化庁メディア芸術祭で審査する作品は「どの読者層、どの年齢の読者に向けた作品か」がはっきりとしないので評価するスタンスに苦労するが、その分応募作品のテーマの多彩さは想像をはるかに超えてゆく。絵の力で圧倒してくる作品、どこにその需要があるのかと思わせるのにしっかりとした取材がされていて頭の下がるもの、現実のやるせない実情を淡々と描いてゆくもの、読む者の気持ちを良くしてくれる実在してほしいフィクション、そのどれもがいかに「今」を切り取ったかという新鮮な時代の切り口が作品にとって重要であり、今回もさまざまなものを見せていただいた。良い切り口を見せるには積み重ねた技術と一瞬の覚悟、そしてやはり「人を生かす優しさ」が必要不可欠だと思う。
  • 斎藤 環
    精神科医/ 筑波大学医学医療系教授/批評家
    日本のマンガは 「スタージョンの 法則」を越えていく
    マンガ好きとはいえ審査のためにこれほど多くの候補作品に目を通すのは苦行になるだろうと覚悟していたが、砂糖壺に落ちたアリのような多幸感を味わった。驚いたのは候補作の高水準ぶりで、ほぼ無名作も含めて駄作がひとつもない。私基準で「おもしろい」「すごくおもしろい」「超絶おもしろい」の3段階評価しかなかった。「90 %は駄作」というスタージョンの法則は、現代日本のマンガにはあてはまりそうにない。今が黄金期という意味ではなく、まだまだ進化は続いていくだろう。今回のラインナップを見てそう確信した。
    大賞作品の持田あき『ゴールデンラズベリー』は、あまりにも特異なキャラ設定と豪腕ともいうべきスピーディーな展開で一気に持って行かれる読み味がある。ジャンルとしての少女マンガらしさを保ちながら、男性読者をも惹きつける魅力があった。優秀賞の西村ツチカ『北極百貨店のコンシェルジュさん』は、絶滅動物が買い物に来る百貨店という奇想が高野文子もかくやという筆致で描かれる端正きわまりない作品だ。同じく優秀賞のティー・ブイ『私たちにできたこと──難民になったベトナムの少女とその家族の物語』は、私たちがまったく知らなかったベトナム難民の「戦後史」とともに、ある家族のたどった歴史が描かれる。「難民」という大文字に隠れがちな「家族」という小文字の世界がきわめてリアルに描かれている。ソーシャル・インパクト賞の和山やま『女の園の星』については多言は要すまい。伊藤潤二タッチで描かれる女子高世界には、いじめもいじりも存在せず、良い子ばかりの平穏な日常が続いている。それがなぜこうまで不穏な笑いをもたらすのか。和山やま登場のインパクトはまだしばらくは続きそうだ。
  • 倉田 よしみ
    マンガ家/大手前大学教授
    時代のなかにある マンガ
    今回の審査は難航しそうだな……応募作品を見て最初に感じたことである。100m走で言えばゴールの瞬間0.1秒のなかに全走者が同時にゴールインしたようなもの。であるから選考に窮するだろうと思った。それほどまでに審査対象作品はレベルが高かった。机上にコーヒーの入ったマグカップを置き、並んだ順に審査作品を読み進めていく。
    ところが、ある程度読み進んだところであることに気が付い
    た。あれ、今回はアナログ作品が多いの? いや、このマンガ作品は一見アナログだけどデジタルなんじゃない? 去年までの審査ではアナログ作品とデジタル作品は容易に区別できたのに今回の応募作品はその違いを見分けるのが困難になっている。なぜだ? 読み進めるのを中断してこの謎を解いてみることにしようと複数の作品を見比べてみた。わかった。大方のデジタル作品はアナログ仕上げ風に加工していたのである。
    日本マンガの読者はアナログ、手描き風のマンガ絵が好きなのであろうか? 審査途中でまた考えてみた。日本においては、貸本マンガから始まり月刊マンガ雑誌、そして週刊マンガ雑誌と長い時間をかけて数多くのマンガが市場に広まっていった。そして、それらのマンガ原稿はデジタル機器による作画が容易になるまでは手描きで制作されていた。つまり、長いあいだ手描きのマンガを読み続けていた読者は手描きのマンガのほうが安心して読めるのかもしれない。そう思ったマンガ家も読者にわかりやすく伝えるためにアナログ風にしたのかもしれない。ここで改めて応募作品を見てみると、ひと頃よりデジタル感が薄れてアナログ風に描かれたマンガが多くなったように感じる。読み進んでいくうちに、これはストーリーにも関係しているのではないかと思ってきた。以前より明らかにファンタジー、異世界系の作品が減ってきていたのである。現実あるいは現実に即した世界のストーリーマンガが多くを占めている。アナログとデジタル、現実世界と異世界。これらは何かしらの関連性があるのではないだろうか。現実世界を描くにはアナログ、異世界を描くにはデジタル、という風にその世界を描くにはそれに合った作画技法があるのではないだろうか。確かにアナログの優しい線描写は現実感を増し、デジタル処理は現実世界にない効果を生み出す。アナログそしてデジタルの手法は読者をそれぞれの世界に導く有効な手段なのだろう。ひとつ、マンガ家としての目線から、マンガ家は職人気質の方が多いため、その職人魂がデジタルを使って、いかにアナログに見えるか挑戦している向きもあるようにも思われる。どちらにしてもマンガ家は読者を自分の世界に引き込むために最善の努力を続けているのである。
    一方、マンガのストーリーのほうにも変化が現れている。ストーリーの構成そのものに大きな変化はないのだが、出てくるキャラクターに性別を感じなくなってきているような気がする。男女の別はもちろん、人間でもなくそれこそ一個のキャラクターとしてマンガ紙面、画面の中で動いている。これもまた読者が安心して読める要素のひとつではないだろうか。このことは社会の情勢も大きく関わっているような気がする。
    このように、前回までの審査作品と今回の審査作品は大きな変化はないものの確実に変わってきている。マンガ家自体も変化しているし新しいマンガ家もどんどん出てきている。マンガ作品の発表の場も紙媒体だけでなくネット配信のみの作品もある。多様な変化の繰り返しによってこれからもマンガは進化し続けるだろう。マンガだけでなく世界も変化し続けている。これからの時代を反映したマンガはどんなものになるのかは誰にもわからない。しかし、来たるべき未来がより良い世界、明るい世界になるための一助となる作品が多く出てくることを希望する。
  • おざわ ゆき
    マンガ家
    変化を敏感に察知 して、取り込んで 増幅させるパワー
    マンガというエンターテインメントは世相を映す鏡のようなものだが、初めての審査を通してそれを敏感かつ柔軟に取り込んでいる作品の何と多く、マンガ描きというのはいかに世相にアンテナを張っているのかと、改めて驚かされた。
    ジェンダーに切り込んだ作品の進化はここ数年目覚しいが、性別や恋愛の形にこだわらない物語はドラマの形式のひとつになりつつある。推薦作品に選出された、恋愛における沸き立つ喜びを描いた『HEARTSTOPPER ハートストッパー』、肥大化した心の傷が暴走する『怪獣になったゲイ』はどちらも設定は同性愛だが万人に訴えかける共通の感性で読む者の心を掴んだ。
    大賞の『ゴールデンラズベリー』は男女の立ち位置の変化を絶妙に作品に落とし込んで小気味よいストーリーに仕立てた。ソーシャル・インパクト賞『女の園の星』は色気は保ちながら恋愛に舵を切らない女子高ノリの独特のセンスで、多くの人の琴線に触れた。「絶滅種」の動物たちを登場させつつその儚さをベースに、愛らしいセンスでまるで美しい包装紙を開くような高揚感まで演出してみせた『北極百貨店のコンシェルジュさん』。ベトナムからの亡命記『私たちにできたこと──難民になったベトナムの少女とその家族の物語』は、家族の精神的変化も如実にあぶり出した。最も尖ったアンテナの先端にいるような『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』は、それを見渡す世界の広さから人類が内包するわずかな変化まで、執念にも似た描線で具現化している。
    新人賞『転がる姉弟』は人間関係というのは歯車が嚙み合わないのが前提で、そのうえで親近感により成り立っているというのをコミカルに見事に見せてくれた。生きていくなかで生じる複雑な問題にひとつの答えを明示してくれるマンガ。マンガ文化は収縮と言われる反面、変幻していく世の中に呼応するように新しい芽を出すコミックカルチャー。強い生命力と可能性を感じずにはいられない。