16回 アート部門 講評

時代と不可分のメディアアート

メディア芸術祭とは何なのか? それは必要なのか? もし必要と考えるならば、いったいどのような形態が望ましいのか?  同時に、この時代において作品を評価することが正しく行なわれうるのであろうか? もしそのようなことが可能だとすると、それはどういった視点に立って可能なのだろうか?今回、審査委員という立場で数多くの作品を見た。そして、作品をつくるという行為について考えさせられた。
「数多くの作品のなかから選び出す基準とは何なのだろう?」と考えつつ、「芸術という行為でしか成しえない感動や衝撃を与えられるかどうか?」ということを基準に見た。すなわち、それらの作品がメディアアートかどうかといった定義などは考慮していない。それぞれの作品は、それぞれの価値を持ち、相対化されない絶対的な価値を持っていると思う。今回選ばれなかった作品からも、今後次々と面白い表現が生まれてくるだろうと想像している。またそれは美術という分野にとってどういった影響を及ぼすのか? など、いろいろ考えさせられる契機となった。

また、メディア芸術祭において、今までにない新たな試みを評価し、新たな方向性を発見していくことが望まれ、それらの過程の結実として展覧会があるのだとしたら、夏に作品を募集して秋に作品を選び冬に展覧会を開催するという、現在の日程では短すぎると思われる。もう少し長いスパンで取り組まなければ、続ける意味自体が問われることになるのではないだろうか。
展覧会のクオリティがメディア芸術祭のクオリティを見極める最も重要なファクターであるという認識を共有しなければならないし、作品とは、資料をウェブやファイルで眺めることではなく、作品そのものを実際に体験しなければ意味がない。
メディア芸術、時代と不可分のアート。写真がパーソナルなメディアだった時代は遠い過去となり、そして、写真、映画、ビデオ、デジタルムービーとつねに変化してきた映像メディア。インターネット環境の整備とともに、映像作品が増えているのは面白いと感じた。

プロフィール
高谷 史郎
アーティスト
1963年生まれ。84年より「ダムタイプ」のメンバーとしてパフォーマンスやインスタレーションの制作に携わり、ヴィジュアルワークを総合的に担当。主な個人的活動に、坂本龍一オペラ『LIFE』の映像ディレクション(99年)、気候変動について考えるための北極圏遠征プロジェクト「Cape Farewell」(イギリス、2007年)への参加、同年坂本龍一との共同制作インスタレーション『LIFE - fluid, invisible, inaudible...』(山口情報芸術センター[YCAM])、パフォーマンス『明るい部屋』をTheater der Welt(ドイツ、08年)にて制作・上演、中谷芙二子との共同制作『CLOUD FOREST』(YCAM、10年)、新作パフォーマンス『CHROMA』(12年)をびわ湖ホールにて制作・上演など。