25回 受賞作品エンターテインメント部門Entertainment Division

大賞

優秀賞

ソーシャル・インパクト賞

新人賞

U-18賞

審査委員会推薦作品

審査講評

  • 長谷川 愛
    アーティスト
    続・審査委員問題と さまざまな悩み
    今年は昨年に比べ、リアルタイムのネット配信ものやゲーム類が少し減った印象でした。部屋の中での活動が少し落ち着いたということなのでしょうか。今回の審査は事前に絞り込まれた作品のなかから選んでいくことになり、一つひとつの作品を丁寧に見ることができたと思います。
    この2年審査をしてみて非常に悩ましかったのが、多岐にわたるジャンルを審査するのに自分は適切な人間なのだろうか、という問いです。もしくは、適切な人間なんていない場合「さまざまな専門家のチームで審査をする」のがベストで、実際そのように運営されているのですが、そのなかでどこまで自分の意見を通すのかという難しさもあります。
    一方、今回の大賞作品の『浦沢直樹の漫勉neo ~安彦良和~』はすんなりと満場一致で決まったと記憶しています。私も放送をみていたのですが、安彦さんの人生の経験が蓄積された迷いのない筆さばきに驚嘆し、歳を重ねても精力的に創作する姿に励まされました。さまざまなマンガ家の技術や仕事ぶりなどを記録し伝えるこの番組は非常に重要で、個人的に今後とも続けてほしいと思っています。難民や移民についての作品『Dislocation』と、視覚障がいのある人の走りを助ける『Project Guideline』については個別に贈賞理由を示しましたので割愛させていただき、最近個人的に審査や作品制作において多くの人と話しあう機会が欲しいと思うことがあるのでそれについて触れたいと思います。
    もしプロパガンダがアートの問題提起やエンタメという糖衣で上手にコーティングされたときに、それを見分けることができるのかということです。それはメッセージや批評と何がどのように違うのでしょうか。
    表現の自由を担保するということと、他者や弱者に被害を及ぼすことにつながる表現について、私たちの認知や行動に変化を促す技術・メディアの使われ方や表現について、改めて私たちは冷静に批評的に考えてゆかねばならないし、勉強をしなければと考えています。
  • 時田 貴司
    日本
    混沌のなか、 希望への旅、 エンターテインメント
    第23回文化庁メディア芸術祭からエンターテインメント部門の審査委員に加えていただき、3年目となる今回は主査を賜り、皆さんと審査を行ってきました。2020年より新型コロナウイルス感染症の状況が深刻化して以来、我々は変異を繰り返す新型コロナウイルスと共存してきました。
    スペイン風邪のパンデミックから100年。ワクチンの普及速度は目を見張るものですが、情報化、グローバル化した世界のなか、100年前とは違った混迷の様相を呈しています。第24回は、このような状況下だからこそ、応募作品の数が増加したのだと心強く感じたものですが、今回の全体の応募数の合計は、前回3,693だったのに対し、3,537と減じています。
    エンターテインメント部門全体の応募数は、前回626に対して489。各カテゴリで見ると、ゲームは130から79、映像・音響作品は287から247、空間表現は69から60、プロダクトは90から61、ウェブ・アプリケーションは50から42とどれも減少しています。特に集団で制作する作品分野は顕著です。リモートによる分担での制作は可能ですが、やはり空間でマインドを共有し、共同制作することの意義、重要性を、私自身も日々のゲーム制作を通じ痛感しています。
    しかし、この状況下だからこそ人々は、過去の名作から現在の話題作、そして多くの個人の作品まで、幅広く触れる機会を拡大させてきました。そして同時に、リアルな、ライブとしてのエンターンテインメントの価値も再認識し、渇望しています。私の専門分野であるゲームもまた、一人で楽しむ作品から、コミュニケーションを楽しむ作品まで、ステイホームのなかでプレイヤー層が拡大したようです。どんな状況であれ、いや、こういった状況だからこそ、人々は「別世界への旅」を求めています。これこそがエンターテインメントの本質なのではないでしょうか?
    今回エンターテインメント部門で優秀賞を受賞した『サイバーパンク2077』は、身体性の拡張、強化を3D技術でリアルに描いた最先端の作品です。ロールプレイングゲームには、2つの大きな始祖的作品があります。俯瞰視点で世界を描く『ウルティマ』(1981)、主観視点で冒険を重視した『ウィザードリィ』(1981)です。日本では、その特性を融合させた第三者視点のRPGが主流となっていますが、『サイバーパンク2077』は主観視点のオープンワールドという欧米の正統な進化系として、技術、格差などを主軸にした、まさに現在の時代性を描いた作品でした。
    そして、大賞を受賞した『浦沢直樹の漫勉neo ~安彦良和~』。この番組は、マンガ家の作画現場に密着し、その技に迫るドキュメンタリーですが、本作の安彦良和氏の回では、氏の究極の作画術に、ただただ驚愕させられました。マンガ、アニメとともに育った我々の世代にとって、安彦氏が長きにわたる創作のなかで到達した技と表現は、現代の葛飾北斎を見る思いでした。デジタルとアナログの2つのエンターテインメントについて語らせていただきましたが、時代とともに、新たな技術がプラットフォーム、産業を産み、クリエイターを育てていきます。文化庁メディア芸術祭でも近年、部門のカテゴリーを超える作品が年々増加していて、その垣根は良い意味でグレーになっています。
    ジャンルを超越した新時代のエンターテインメント作品の息吹が、世界各地で渦巻いています。それと同時に、ジャンルの原点に回帰するコンセプチュアルな作品も研ぎ澄まされていくでしょう。世界は、グローバル化、情報化によって共通化されてきた反面、人々は、過去を見直し、国や地域、らしさという足場を固める重要性を、コロナ禍のなか模索しているように感じます。
    歴史は、今までもこうして進み、振り返り、改修し、文化を育んできたはずです。今後も世界のクリエイターが多様な作品を生み出し、多くの文化のうねりが紡がれていくことを信じています。
  • さやわか
    ライター/物語評論家
    新しい日常とともに
    昨年度は、コロナ禍にいち早く反応した作品が多い印象を持った。今年のエンターテインメント部門審査は、これと比較してどのような傾向が見られるかが個人的な注目ポイントとなった。結果として、ことさらコロナ禍に注目した作品への評価が思ったより伸びなかったのがおもしろい。パンデミックは日常化し、それを前提として何をやるかが問われはじめている。
    日常という意味では、『新宿東口の猫』や『viewers:1』、あるいは『20歳の花』もそうだが、これらの作品はSNS社会もまた我々の日常となり、作品をめぐる(当然の)環境となったことを感じさせるものだった。『Project Guideline』もそうだが、「バズる」といった安易なポピュリズムを越えて、情報プラットフォームとの連動を感じさせる作品の発展に今後も期待したい。
    テクノロジ ーを前提としつつ、何を作品体験として与えるか。それを軸 に振り返ると、『サイバーパンク2077』『Dislocation』『YAKUSHIMA TREASURE ANOTHER LIVE from YAKUSHIMA』さらには大賞となった『浦沢直樹の漫勉neo ~安彦良和~』にも、共通する考え方があったように思う。これらの作品が提供するのは、視点の多数化、あるいは視点という発想からの脱却である。
    カメラは事実上無数に存在でき、視覚体験は多元的になりうる。それを踏まえて、こうした作品群が技術的に可能であるとは、前々からわかっていた。しかし、では何を見せるのか。そのアイデアと演出が洗練され、熟成され、思想性をおびた形で結実した作品が、今回は高く評価されたように思う。
    個人的には、昨年度はゲーム分野の応募が盛況で、海外も含めて魅力的な作品が多く集まったことも記憶に残っている。今後ますます、ゲーム分野の作品で驚くべきユーザー体験を与えてくれる作品が現れることに期待したい。
  • 小西 利行
    POOL INC. FOUNDER/ クリエイティブ・ディレクター/ コピーライター
    それでもおもしろい ものを!という信念 が心を動かす時代。
    コロナ禍での生活変化そのものがテーマだった昨年とは違い、今年は、新型コロナウイルス感染症という異常が日常になった世界に生きながら、「それでもおもしろいものをつくるのだ」という信念(もはや執念)が垣間見えた作品が多かったし、それに感動を覚えた。クリエイティブはもがくことであり、苦しいことをバネにした企画こそが多くの人の心を動かすのだと確信した審査だった。大賞に選ばれた『浦沢直樹の漫勉neo ~安彦良和~』は、長く続いている番組だが、安彦良和さんという天才の起用による「神回」を生み出し、番組の趣旨や企画のすごさに改めて強い光を当てたことが受賞につながったと思う。狭い空間での撮影はとてもコロナ的で地味な制作だが、そのなかでも圧倒的なクリエイティビティを見せつけた本作品は、これからのテレビ番組にはまだまだすごい可能性があるぞ!ということを証明しただろう。まさに、「それでもおもしろいものをつくるのだ」という執念が生み出した大賞だと思う。
    その他にも、『新宿東口の猫』や『YAKUSHIMA TREASURE ANOTHER LIVE from YAKUSHIMA』などのエッジの効いたクリエイティブや、日本中の工場を回って音を採取しながら、圧倒的に美しいアウトプットになっている『INDUSTRIAL JP ASMR』、さらに、シンプルなストーリーながら驚く展開と丁寧な画づくりをした『viewers:1』も、ぜひたくさんの人に見てほしい作品だと言える。個人的には、新しい技術やデバイスに頼った作品よりも、光を見つけようともがいている企画に心が惹かれたし、これからの時代の可能性を感じた。その意味で言えば、『VR Sandbox』を生み出した13歳の才能の煌めきが眩しく、彼の未来にワクワクした。そして今後、どういう世界になっていても、「それでもおもしろいものをつくるのだ」という執念から生まれた画期的な作品に出合えることにも、心から期待したい。
  • えぐちりか
    アートディレクター/アーティスト
    悩める世の中へ 贈る作品
    文化庁メディア芸術祭は、アナログ人間な自分とはジャンルが違う、少し遠いコンペのように感じていた。今回、思いがけずエンターテインメント部門の審査委員でお声がかかり、生活者を代表するような気持ちで審査会に参加することにした。応募作品は映画からテレビ番組、空間表現、広告、プロダクト、ゲーム、アプリケーションとバラエティに富んでいて、これらを同じ土俵で審査していいのか最初は戸惑いがあった。
    しかしエンターテインメントという括りのなかで言えば、日々大量の情報とエンタメを浴びて生きていている私たちが本当に心を動かされ、価値あるコンテンツに出合う機会はそう多くない。審査会という特殊な場所で出合う作品ではあるが、純粋に感動したり、意識や世界のあり方や見方を変える力があるか、そんなことを意識して審査に挑むことにした。
    初めてということもあり、審査にはかなり時間がかかったが、現場で各作品に対してジャンルが違う審査委員たちの意見を聞き、議論ができたのはとても有意義な時間だった。コロナ禍で先が見えず、多くの人が生き方に迷っている時代、やりたいようにできないのはエンターテインメントも同じ。そんななかでも、逆境を乗り越えたり、逆手に取ったり、どんな状況でも動じない突き刺さる表現であったりとさまざまな解決策を応募作品から受け取ることができた。今だからこそエンターテインメントは、心を照らす明るい光であってほしいと思う。私も含めて悩める世の中へ、エールのような作品を選考できたと思う。