24回 受賞作品エンターテインメント部門Entertainment Division

大賞

優秀賞

ソーシャル・インパクト賞

新人賞

U-18賞

審査委員会推薦作品

審査講評

  • 森本 千絵
    日本
    メディア芸術は不要不急なのか
    今年は特別な審査となった。コロナ禍のなかでメディア芸術とは不要不急なのかどうかを深く考えさせられた。実際、良くも悪くも影響を受けた作品が多数集まった。人と人がつながり合えない今だからこそ、メディアを通して前に進んでいこうという気持ちが強い尊いものが多かった。こんな時代だからこそ手触りのある、我々のディスタンスを埋めてくれるものが生まれたのだろう。メディア芸術を通して、誰かの役に立ちたいと立ち上がる作品もあれば、真逆にこんなときだからこそ現実逃避させてくれるぐらいに没頭できるクオリティの高いアート性のある作品まで幅が広く、これからの可能性を存分に期待させてくれた。特に私が大切にしたのはテクニカルな部分を忘れさせてくれるくらいにハートのある手技を見出すことだった。大賞の『音楽』は一枚一枚すべて手描きで膨大な時間をかけ愛と情熱が注がれた、まさにロックな作品だ。ここまで人を震わせることができたのは圧倒的な手づくりだからだ。今回の受賞作はどれもつくり手の気持ちと制作過程が熱い。やはりこれだけ時代が変わっていくなかで、一番に進化するのは「人間」であってほしい。人は人を必要とする。作品が人間に寄り添い、力を超え、導いてくれる限り人はメディア芸術をも必要とすることだろう。今年は、作品とともに忘れられない年となった。
  • 長谷川 愛
    アーティスト
    「審査委員問題」の奥の深さ
    今回初めて審査委員をさせてもらった。まだまだ修行中の若輩者の私が受けてよかったのだろうかと思ったが、女性は自身を過小評価する傾向があると言われているし、一女性作家としてここ数年「審査委員問題」の特にジェンダーバランスは気になっていたトピックだったので受けてみることにした。審査はとても大変だった。コロナ禍ということもあり、例年よりも特に映像作品で長尺の作品とその点数の多さに忍耐力が試された。そもそも私がエンターテインメント部門を受け持つというのはどういうことなのだろうか。エンタメの枠に送られてくる良質な現代美術やドキュメンタリー作品のお陰でしばらく「メ芸における良いエンタメ」とは何だろうかと悩んだ、未だにこれについて多くの人と議論したいと思っている。とはいえ、安心して推せた作品も多かった。『諸行無常』はVR手描き風アニメーションで丁寧につくられており、一見平和な日常の風景にじわじわと重く迫り来る資本主義と保守的信仰、グローバリゼーションゆえに生活や風景を変えてしまうということを体験させる現代美術的作品だった。個人的にエンタメとして楽しんだのは『音楽』で、アニメーションとしてのおもしろさや巧みさに感心し、何より個人でアニメーション映画をつくる根性に平伏した。もうひとつ、審査委員会推薦作品『BestFriends.com』は、Zoom画面という構造を巧みにSFネタと接続し、演技もよく、ドラマとしてもおもしろかった。良い審査委員というのは埋もれた良い作品を発見しそれを世の中に広める人だと思うが、それがちゃんとできていたのだろうか。見落としてしまった良い作品があるのかもしれない。私自身寡作な作家なので、一つひとつの作品をしっかりとみなくてはと思うが、そのためにはさまざまなジャンルの過去作品に対する知識と世界全般に対する知識が必要だと感じた。来年はさらに女性や社会的少数派に属す審査委員が増えると嬉しいと思っている。
  • 時田 貴司
    日本
    デジタルのカンブリア爆発へ
    昨年に引き続き今回もエンターテインメント部門の審査委員を担当させていただきました。右も左も分からぬまま、多くの野心的な作品たちを拝見させていただいた昨年に比べ、今回は落ち着いて作品群と対峙できると思っていた矢先、期せずして世界を襲ったコロナ禍。緊急事態宣言、ロックダウン、ニューノーマルなど新たな用語が飛び交う日常となった第24回の文化庁メディア芸術祭。作品の応募も懸念されていましたが、審査を始めてみれば応募総数は昨年の3,566から3,693と微増。ですが、エンターテインメント部門は昨年390から626と驚異的な伸び率。マンガ部門の昨年666から792と合わせ、減少した他部門をカバーしていました。ステイホームやテレワーク、副業の推進、デジタル化やネットワーク環境の必然性と需要。こんな状況下だからこそ楽しみたい、作品を創出したい、誰かを楽しませたいというエンターテインメントの本質を求める人間の本能が、多くの作品応募に結実したのではないのでしょうか。昨年の審査講評ではデジタル化が加速している昨今、各部門の境界もほとんどなくなっているとコメントさせていただきました。期せずしてこのコロナ禍のなかで、デジタルクリエイティブの世代が爆発的に活躍しているのを実感しています。古生代カンブリア紀に現在の動物の門が出そろったというカンブリア爆発。それに匹敵するデジタルクリエイティブの爆発的拡大成長期の到来です。日本では浮世絵、歌舞伎などの流れを汲んで映画、テレビ、マンガ、アニメーション、ゲームと新たな世代のクリエイティブフィールドが誕生してきましたが、その次の新たなフィールドが胎動の時期を超え、その担い手の活躍がついに新たなエンターテインメントとして根付いてきているのです。危機的状況にこそ進化が生まれる。新たなエンターテインメントはジャンル、世代、国境、人種を越えたさらなる文化芸術の未来を開き始めています。
  • さやわか
    ライター/物語評論家
    この時代を切り開く表現があるとすれば
    新型コロナウイルスのパンデミックという状況にあって、表現者がその現実に向き合った作品に強く惹きつけられた。優秀賞となった劇団ノーミーツ(代表:広屋 佑規)の取り組みはその代表例であり、特に(彼らの劇団名も含めて)昨今見かけるようになったネット上でのイベントとして演劇を成立させる試みの活発化を感じさせた。また意図的にその文脈を盛り込んだ表現でなくとも、鑑賞する私自身が、ついその文脈で作品を眺めてしまうことが多く、不思議な感慨があった。とりわけエンターテインメント部門では『諸行無常』『Canaria』などVR作品を評価する機会が多かったため、半ば必然的に現実空間で人と触れ合うという今日的なテーマをそこに読み込むことになる。同じ意味ではソーシャル・インパクト賞を受賞した『分身ロボットカフェ DAWN ver.β』も、外出困難者の就業支援という優れたコンセプトはもちろん、他者との接触というやはり今日的なテーマを見出すことができたのが興味深かった。むろん、それは作品がもともとポテンシャルを備えていたということである。つまり私たちの現実が潜在的に抱えているものに対する批評的な視座が、作品に存在していたがゆえの表現だったわけだ。この状況下で、結果的にそうした気づきを与えてくれる作品が多かったことは大変喜ばしかった。また海外からも数多く応募されていたことも印象的だった。世界規模の事件の最中だからこそなのかはわからないが、ロックダウンのなかで世界が分断されるばかりではなく、表現者たちがグローバルな活動を志向していることは喜ばしい。とりわけ今年は新人賞となった『ウムランギ・ジェネレーション』のように、個人的に注目しているビデオゲーム方面で質の高い作品が多くの国から寄せられており、うれしく思った。部門全体の動向として、分断を強いられた表現がテクノロジーの援用によって社会との接点を維持あるいは回復する姿が、ひときわ印象に残ったように思う。
  • 川田 十夢
    開発者/AR三兄弟 長男
    問題は、エンターテインメントが解決する。
    この原稿を書いているのは、2度目の緊急事態宣言の再発令が数日後に迫るタイミングである。自ずと緊張感が高まっている。マスクやトイレットペーパーを買いだめするような行動は、控えようと思っている。ここまで家にいることを推奨されるフェーズはない。より多くの作品と再び出会うために、本棚を新しく買おうとも思っている。メディア芸術が、新型コロナウイルスの特効薬になるという科学的根拠はまだ存在しない。芸術と芸能には、常に不要不急であるかどうかの疑問符がついてまわり、それに従事する者たちは、表現そのものの必然を常に問われながら次の生きる道を探っている。疲弊し硬化する国民の心を、無条件にやわらかくしてくれるのがエンターテインメントだ。二重のバイアスに見舞われながらも、クリエイターたちは新しい作品を生み出し、観客と向き合おうとする。頼もしい限りだ。なかでも『劇団ノーミーツ』は、多くの表現者が足踏みをしているなか、いち早く作品の雰囲気をタイムラインに流し込んだ。国の文化的な補償が確立するよりも早く、経済圏を新しくつくり出した。その功績は大きい。本公演を重ねるたび、その真新しい手法は深みを増すばかりである。大賞に輝いた『音楽』は、コロナ禍に至る以前に制作されたものだが、審査委員満場一致での選出となった。個々に評価するポイントは異なるだろう。数ある手法や技術が連立する現代において、ロトスコープというけっして新しくない方法論で制作されたアニメーションが、文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門の大賞に選ばれたということが、何だか誇らしかった。未見の人はぜひ観て欲しい。まだ出会ったことのない『音楽』と新しく出会えるはず。『らくがきAR』は、そのクオリティはもちろんのこと、ステイホームで閉塞した家を明るくしてくれたことを評価した。名前通り、フリーハンドで描いたようなラフな絵が、拡張現実的に生命を与えられて動き出す。マンガの作者もユーザーとして参加したことで、読者との新しい関係を築くことに成功していた。『分身ロボットカフェ DAWN ver.β』は、ALSなどの重度障害者、さまざまな事情で外出が困難な人たちに社会的な役割を与える社会実装型の作品だった。わずかに動かせる体の一部をセンシングして通信、離れたカフェの客の相手をする。体験したALS患者のひとりが、自分でも誰かの役に立てることに感動していた。『0107 - b moll』は、都市のひんやりした雰囲気と通勤電車が向かってゆく方向が、何とも現代的。コロナ禍においても静かに動く経済圏、夜明けを待たずとも地続きに存在する光の羅列が美しかった。『アンリアルライフ』は、ドット絵ならではの表現を、懐古的なアプローチではなく異世界への導線として使っているところにセンスを感じた。『Canaria』は、VRならではの映像体験で、トラックごとの配置を観賞者の視点と同期させることで、やがてさらなる奥行きを獲得するだろう。どの作品も、現実で失われゆく密度を、新しく構築しようとするものだった。エンターテインメント部門から功労賞に推薦したのはさくまあきら氏。新シリーズも好評の『桃太郎電鉄』を、1988年にゼロから企画してつくり上げた人物だが、さくま氏も画面のなかだけで起こっていることだけではなく、ゲームの内容がいかに画面の外側つまり現実に作用するかを当時から考えて設計されていた。数々の素晴らしい作品に審査委員として触れるたび、こうしたメディア芸術の感性で、社会問題を解決できないものかと考える。深刻であればあるほど、エンターテインメントが解決すべきではないかと責任を感じる。私は今年度をもって任期満了、審査委員の任を解かれる。次は表現者として、または生活者として、芸術や芸能と関わっていく。不要不急という言葉に惑わされない方向へ、メディア芸術を拡張していく。