24回 受賞作品マンガ部門Manga Division

大賞

優秀賞

ソーシャル・インパクト賞

新人賞

審査委員会推薦作品

審査講評

  • 西 炯子
    マンガ家
    日本のマンガ、青年期の終わり
    日本のマンガは今や「アンシャン・レジーム」をバックミラーに捉えた。否応ない電子媒体への市場の推移により、雑誌だけがプラットフォームではなくなった今、「少女」「少年」「一般」というような、かつてのジャンルの枠は溶解しつつある。読み手が「おもしろいかどうか」だけで紙媒体より手軽にマンガにアクセスできるようになったことは、マンガにとっての幸せである。その変化のなかで、いわゆる「ヒットの法則」は以前ほど確実なものではなくなりつつあると感じる。「本当におもしろいこと」をその手に握っている描き手だけがこれからを生き続けていくのだと思う。さらに、電子媒体ネイティブ世代の描き手が着実にメインストリームのプレイヤーとなりつつある。「潮目」は、大きく、確実に変わった、ということを、ここ3年の審査ではっきり感じた。もはやそこでは名も実績も問われない。これをチャンスと捉えられる描き手が次の時代をつくっていくのであろう。セールスだけをマンガの評価軸とはしない、というのが文化庁のメディア芸術祭である。応募作品は誠に多彩であり、「マンガの今」を感じることができる。創作物、ことに安価で身近な日本のマンガの「今」とは、まさに「人々の置かれている状況の反映」である。今回の審査で私が感じたのは、良くも悪くも「地に足」「現実への真摯な態度」だった。浮かれていない、といったらいいだろうか。マンガが読み手の裾野を広げたということは、実社会に生きる、より多くの人々の思いを汲み取っていくということだ。「大人になること」と言い換えてもいい。マンガは日本において「青年期」を超えつつある。マンガの意味や存在価値は「旧体制」から明らかに変容した。受賞作品はもとより、そう感じさせる作品に多く接した令和2年のマンガ部門だった。
  • 島本 和彦
    マンガ家/株式会社アイビック代表取締役社長
    自信に満ちた作品たちはすべて魂に響いてくる
    マンガ、コミックは自由度の高い表現方法で、表現したい内容と描き上げる技術力があれば(あと道具があれば)創作でき、今自分が考えて思いつかないであろうほどの表現方法が誕生する可能性がある。それを評価するというのは、同じマンガ制作に身を置く者として非常に勉強になる。リストアップされた作品はどれも自信に満ちあふれたラインナップで、予想もしない角度から斬り込んで来る。恥ずかしながら、長期にわたって連載されてきた入魂の一作を初めて目にするものもある。どれも作者の心の形であり、メッセージである。特に評価したいのは作品の仕上がりもそうだが「新たな地平の開拓」であると思う。こういうやり方もあるのか、と真っ白い原稿用紙(あるいは無地データ)に十分に自由を与えられていた自分が思いつかなかった表現と出会うときには感動に打ちのめされる。マンガは多くが個人の作業(ほかのジャンルに比べて作者の思いがダイレクトに反映されやすい)なのですべてがキレイにまとまっているわけではないがその制作労力は本当に人生を削っていくもので、自分の持ち時間を犠牲にしなければ作品などつくれない。そして努力して作品をつくっても読み手の心に響くかどうかは読み手しだいである。今回の作品群には同テーマをモチーフにしたものも数々見うけられたが、ただ批判精神をヒステリックにぶつけるだけでは完成度が高くはみられない。作者自身がその問題に対してどう対峙しているのか、乗り越えるべき部分はどう乗り越えたのか、という「テーマとの闘い」が「個人作業」だからこそよりその部分が際立って(特に同テーマの作品が並べば)くるのである。マンガは創作時間が恐ろしいほど個々の人生を削っていくメディアであるが、描けば描くほど洗練されていく(新人の荒けずりな魅力も捨て難いところはあるが)。どんどん腕を磨いてまだまだあるであろう未開のフロンティアを開拓し、物語を発見していって欲しい。特に2020年以降は問われるテーマが増えていきそうな気がする。
  • 倉田 よしみ
    マンガ家/大手前大学教授
    伝わってくる作者の熱
    受賞作品および推薦作品を見てもらうとわかるようにさまざまなジャンルのマンガ作品が集まっている。そのなかから受賞作品を選ばなければならなかったのだが、それはスポーツの世界でいうと陸上のマラソン、水泳の平泳ぎ、テニス、トライアスロン等いろいろなスポーツのトップアスリートが集まっているなかで一番を決めるようなもので、非常に難しいことであった。大賞から新人賞までのいずれの賞も最初から審査委員一同満場一致という作品はなかったので各賞の候補に上った作品について審査委員一人ひとりの意見を聞きながら絞り込んで選考を進めた。審査しながら私がマンガを描き始めた高校1年生の頃のペンを手にしてインクで紙の原稿用紙に描いていた時代を思い出していた。あれから50年、今でも変わらずペンとインクで描いている。最近はタブレットにペンでパソコン画面にマンガを描いている人が増えているそうだ。昔ながらの描き方をアナログ、パソコンを使って描く描き方をデジタルと呼んでいるのだが、今回審査した作品のなかにもデジタルで描かれたマンガ作品が多くあった。一見してデジタルとわかる作品もあるのだがアナログに見えて実はデジタルという作品もある。しかし審査にはデジタルもアナログも新人もベテランも関係ない。今目の前に見えているマンガだけが審査対象なのだから。では、どのような作品が最終審査に残るかというと結局は作者のマンガに対する情熱の強さであろうと思う。若い人は真っすぐな気持ちを、ベテランは長い間に築き上げてきた自分なりのこだわりを画面に表している。そして作者がマンガ原稿に込める熱量が読む者の心を動かす。激しいアクションマンガもあれば静かなゆったりとしたマンガもある。どちらも作者の強い情熱によって描かれている。その情熱を上手く紙面に表すことができるかどうかが評価の差になった。今一度受賞作品を読んでもらいたい。それぞれに個性あふれる作者の強く熱い想いが伝わってこないだろうか。
  • 川原 和子
    マンガエッセイスト
    困難な状況下でもマンガはますますおもしろい
    予想外のコロナ禍のもとでの審査となった今回のマンガ部門応募作品数は792作。そのなかから、今年も真剣な討議の末、個性と魅力にみちた以下の作品に贈賞することとなった。『3月のライオン』はすでに評価の高い人気作だが、あらゆる年代の心をゆさぶる圧倒的な作品の力に、審査委員の総意のもと大賞に決まった。優秀賞には、突出した画力と独自の筆致でフランス革命の時代を描ききった『イノサン Rouge ルージュ』、誠実な作風でさわやかな感動を呼び起こす『塀の中の美容室』、出産をめぐる葛藤とその先の希望を描いた『かしこくて勇気ある子ども』、孤独死というシビアなテーマをコミカルに描く『ひとりでしにたい』が選出された。画面から音楽の躍動が感じられる『スインギンドラゴンタイガーブギ』、日常のすぐ隣の味わい深いドラマを描く『空飛ぶくじら スズキスズヒロ作品集』、そして圧倒的なパワーで読者をひきこむ『マイ・ブロークン・マリコ』が新人賞を獲得。ソーシャル・インパクト賞には、魅力的な描写でアイヌの文化を広く浸透させた『ゴールデンカムイ』が選ばれた。受賞作の多様さと充実からも感じてもらえるかと思うが、困難な状況下であってもマンガはますますおもしろく、生き生きとした娯楽であり、考えるよすがでもあり続けてくれている。そのことを心から誇らしく頼もしく思う。応募総数が昨年から100作以上増加した一方、「同人誌等を含む自主制作のマンガ」の応募が56作から37作へと減少し続けていることは少し気がかりだ。人気の商業作品も自主制作作品も同一線上での審査対象となるのは本賞の素晴らしい点だと思う。私の任期は今回で終了だが、多様なジャンル作の応募を通じて、来期以降の審査委員の方々を、さらには読者を驚かせて欲しいと願っている。審査委員会推薦作品では、ひとの共存を繊細に見つめる『違国日記』、壮大なスケールで長期連載を完結させた『イムリ』が特に強く印象に残った。
  • 表 智之
    北九州市漫画ミュージアム専門研究員
    躍動と静謐、円熟と清新、その振れ幅のおもしろさ
    表現ないしエンターテインメントの世界における「コロナ禍」にはさまざまな局面があるが、最も深甚な被害を端的に言えば「対面的コミュニケーションの阻害」と言えるだろう。音楽や演劇に比べればマンガの被害は概して軽く、制作の面でも流通の面でも、デジタル化が年々進んでいたことが功を奏した部分もある。ただし「同人誌即売会」に関しては別だ。首都圏開催の巨大即売会を筆頭にほとんどが中止の憂き目に遭い、どうにか開催できても参加者数を厳しく絞らざるを得ず、収入を大幅に減じた採算性度外視の形態を余儀なくされている。日本のマンガの豊かな多様性は同人誌即売会に下支えされており、つまりこれはマンガ全体の危機である。新潟を拠点とした即売会「ガタケット」の立ち上げに関わり、40年近く運営に携わってきた坂田文彦氏に功労賞をお贈りしたのは、これまでの功績もさることながら、地方での中小規模の即売会の役割が今後ますます大きくなることをふまえての、ささやかなエールである。同人誌方面の苦境を反映してか、今年は同人誌など自主制作作品の応募が昨年より少なかった。そんななかで、残念ながら賞は逃したが、『水辺のできごと』が心に残った。毛筆を用い、版画を思わせるザラリとした描線で、彼岸と此岸が溶け合う幻想的な一瞬を懐かしい風景のなかで描いてみせている。佐賀のお国言葉も効果的だ。全体的な傾向としては、「横綱級」とでも言うのか、すでに高い評価を受けた作品の存在が大きかったと言える。群を抜いておもしろいことは言を俟たないが、その魅力をどのように捉え、比較し、賞を贈るべきか、審査委員として自分の力量が試されている感すらある。『3月のライオン』と『ゴールデンカムイ』がいわば双璧で、誠に甲乙つけがたかったが、ゆるぎない総合的な完成度の高さで前者に大賞を、後者にはその社会的影響力を重視してソーシャル・インパクト賞をお贈りした。いずれも、歴史に名を刻み、末永く読み継がれるべき名作である。優秀賞の『イノサン Rouge ルージュ』は、人間の度し難き醜悪さを、圧倒的な描画力と構成力で逆説的な「美」に昇華した問題作。世に不寛容が蔓延する今こそ読まれるべき作品だ。時宜にかなった社会的メッセージを娯楽読み物の形で発信できることがマンガの強みのひとつで、ほかの作品も然り。ライフコースが多様化するなかで、女性が一人で生き、死んでいくことの悲喜こもごもを描いた『ひとりでしにたい』。パキスタンの少女・マララさん襲撃事件を受け止めて、私たちの生きる世界は今、新たな命を生み出すに値するのかを問いかける『かしこくて勇気ある子ども』。それらのアクティブな魅力と対照的に、静謐が心に染み入るのが『塀の中の美容室』。人気小説を原作に、刑務所の中で受刑者が従事する美容室という閉じた空間から、かえって人の心や社会のありようが広く見渡せるという不思議な感覚を、卓抜した描画力で楽しませてくれる。新人賞は、現時点の完成度より今後の成長と活躍を見通して評価する観点からも、読者を作品に引き込んでいく「腕力」が決め手になることが多い。キャラクターの動きのよさで「スイング」を体現する『スインギンドラゴンタイガーブギ』。極端な状況と激しい感情の揺れに、圧倒的な腕力で読者を引きずり込む全力疾走の『マイ・ブロークン・マリコ』。身近な状況の中のちょっとした異物から物語を紡ぎ、静かなユーモアで読者を包み込んで、心地よい温かみを心に残す『空飛ぶくじら スズキスズヒロ作品集』。今後にも大いに期待したい。最後に、作品の側でなく、この賞の側の課題について。U-18賞に対象作品が少なく、昨年に続いて該当作なしとなったことは実に残念なことだ。若くして頭角を表す作家がマンガ界にいないはずもなく、作品募集における我々の力不足を痛感する。また、展覧会やイベントを通常の規模で開催できない今、受賞作を世に広めるうえでの工夫が今まで以上に求められる。肝に銘じ、知恵を絞りたい。