16回 受賞作品マンガ部門Manga Division

大賞

優秀賞

新人賞

審査委員会推薦作品

審査講評

  • ヤマダ トモコ
    マンガ研究者
    世界中の素晴らしいマンガにエールを
    『闇の国々』の大賞受賞は、国内の今現在発表されたばかりの作品ではなく、フランスではすでに1980年代半ばから発表されていた作品がと驚かれる方もいらっしゃるでしょう。けれど、このシリーズが、これまで日本でまともに読めなかったことのほうがむしろ驚くべきことなのだと思えます。優秀賞には最近発表されたバンド・デシネである『ムチャチョ──ある少年の革命』も入っています。今回の贈賞には、ある程度の物量の海外マンガが翻訳出版されるようになった、ここ数年の流れも大きく貢献しています。なので贈賞は、海外マンガがなかなか浸透しないこの国で、それを翻訳し出版し愛好し、その普及に貢献してきた方たちへのエールでもあると言えます。  優秀賞の『岳 みんなの山』は、山への、そして人と命への前向きさが素晴らしい。『GUNSLINGER GIRL』はキャラクターの架空の身体を通して、生身の身体やフィクショナルなメディアの可能性について考えさせられます。よく描ききってくださいました。音楽表現に目を見張る『ましろのおと』は、この調子で一気に最後まで駆け抜けてほしいと願います。『凍りの掌 シベリア抑留記』は、淡々と描かれるからこそ抑留の恐ろしさ理不尽さが伝わります。おざわさんにはこれまでのキャリアもありますが新境地という意味での新人賞です。新進の田中相さん、真造圭伍さんはどんどん新しい作品を発表し、マンガを含むメディアに新しい流れを切り拓いていってくださるでしょう。  みなさんに贈賞するお手伝いをさせていただけたことが、とても嬉しいです。なかでも今回は、小長井信昌さんに功労賞贈賞を決定する場にいることができて幸せでした。小長井さんは少女マンガをメインとしつつ、白泉社の代表としてマンガ界に、出版界全体に、長年貢献なさってきた本当に尊敬すべき方です。マンガが世界に誇る文化だというならば、世界の文化に実は深く大きく貢献なさって来た方なのです。
  • みなもと 太郎
    漫画家/マンガ研究家
    国際化、媒体の多様化が推すマンガのパワー
    本年はきわめて多くの秀作が集まる一方で、「これ」といった満場一致の決定作が見当たらず、審査委員の票が割れ、1票差程度で「優秀賞」を逃す作品が相次いだ。いっそうの国際化、発表媒体の多様化、世代間の価値観のズレなどがますます細かく顕著になったことも大きな原因と思われる。私自身も一作読むたびに、例えば料理の審査員がひと皿ごとに口を漱がねばならぬような、脳内の座標軸を一新させては次の作品に挑むことを余儀なくされる経験を味わった。これまでのような「画力・構成力・主人公の魅力」といった審査基準では歯が立たないパワーが、どの作品にも溢れている。それが今回の、全体を見回しての印象であった。
    そんななかで、ほぼ満場一致で選ばれた「大賞」、どれをとっても文句なしの「優秀賞」「新人賞」のなかで、私が大いに気に入っているのは、津軽弁の魅力を堪能させてくれる羅川真里茂『ましろのおと』、画力・構成力・主人公の魅力の審査基準に一番ハマッたエマニュエル・ルパージュ『ムチャチョ──ある少年の革命』、あらゆる意味でひたむきな、おざわゆき『凍りの掌 シベリア抑留記』の3作品であろうか。あとは東日本大震災における東北被災者の実体験を等身大でわからせてくれたニコ・ニコルソン『ナガサレール イエタテール』、笑いのなかに国際感覚と教養が磨ける蛇蔵/海野凪子『日本人の知らない日本語』、正反対の土着パワーを感じた荒川弘『百姓貴族』、学習マンガの王道中の王道あさりよしとお『まんがサイエンス』、圧倒的力作浅田次郎/ながやす巧『壬生義士伝』、ふてぶてしいまでの倦怠感と若さ溢れる奇作江口夏実『鬼灯の冷徹』、大賞を獲ってもおかしくなかった松田洋子『ママゴト』、いろんな意味で予断を許さぬ地下沢中也『預言者ピッピ』、推薦するには強固な理論武装が必要な気がする楽しいマンガうさくん『マコちゃん絵日記』、じっくり新境地を拓き始めた山川直人『澄江堂主人』、......ああ、芳崎せいむ『金魚屋古書店』、岡田屋鉄蔵『ひらひら~国芳一門浮世譚~』、こうの史代『ぼおるぺん古事記』、松本大洋『Sunny』......。
    まったく、どれもこれも文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作にふさわしい、力作揃いでありました。
  • 竹宮 惠子
    やや残念な日本作品の参加
    今回の審査では、突出した日本の作品の参加が少なく、決定がかなり難航した。多くは出版社が作家温存のため、参加を見合わせるという傾向があるのかもしれない。その一方で、欧州やアメリカ、その他外国からの参加は年々増加しており、ウェブマンガの応募もかなり増えてきている。もっともっと変わったかたちのマンガ、意欲的なマンガが増えてもいいと思っているし、もし日本の参加者が減っていっても、「世界中のマンガが対象」という広い共通項で審査するこのマンガ賞には、存在の意義がある。それぞれの国の事情、マンガの発展、土壌の問題等々、違いはさまざまでも、「そこにある意味」を比べることはできるからだ。
    そうした観点から、今回大賞に選ばれたブノワ・ペータース(作)/フランソワ・スクイテン(画)『闇の国々』は、バンド・デシネ(BD)の過去作品ではあるが、日本語に訳されたことで、改めてその偉大さに対し敬意を払う結果となった。むしろ賞しないわけにはいかない名作であると言えよう。
    優秀賞に推す作品に関しては、審査委員それぞれに推す作品が違い、選出理由や推薦の弁を細かく説明し合いながら、数度の投票を繰り返して、最終的な合意に達した。選ぶのに困ったというより、競り合ったための難航である。難航したのは優秀賞ばかりでなく、新人賞も同じであったが、それぞれが納得するまで話し合えたので、選出し終えたあとには満足感があった。終えてみれば、よいかたちに整ったと思う。なかでもエマニュエル・ルパージュ『ムチャチョ──ある少年の革命』は印象に残る作品で、BDのなかで新たな道を切り拓くかもしれない、と思うようなコマ扱いとスピード感があった。真造圭伍『ぼくらのフンカ祭』にはマンガの基本に返る楽しさがあり、羅川真里茂『ましろのおと』には実際の音のないマンガであるからこそ可能な、音に対する充分な深さと強さ、そして精神的なアプローチがある。相田裕『GUNSLINGER GIRL』の視点の妙味は、日本のマンガの特徴的な強さであると同時に、危うさでもある。確実性のなさが魅力であるとも言えようか。
  • 斎藤 宣彦
    編集者/マンガ研究者
    マンガが生み出す時空間の魅惑
    本年度よりマンガ部門審査委員に就任した。これまで自身に受賞・贈賞の体験がないだけに躊躇したが、編集者が委員となるのは初めてと聞き、力を尽くすべく作品を読み込んだ。最終審査では、一次審査で上位に来ていたものほど長時間にわたり辛辣な議論に曝される。若干戸惑いつつも、作者がなした表現に別の者が判断を下すという、「場」で決まってゆくことの有機性・ダイナミズムを存分に感じた。入賞の『ましろのおと』は、才能をめぐる物語である(芸術と愛と革命を描く『ムチャチョ──ある少年の革命』も一部そうである)。この種の物語は「才能の継承/隠された天才性の発現/ライバルとの争い/葛藤・挫折」など、『巨人の星』(梶原一騎/川崎のぼる)を代表とする「スポ根」のフォーマットを踏襲することが多いが、本作もきわめて洗練されたかたちでそれを取り込んでいる(「三味線甲子園」が登場するあたり、象徴的であろう)。
    『岳 みんなの山』『ムチャチョ』『GUNSLINGER GIRL』『凍りの掌 シベリア抑留記』はどれも生と死のギリギリの現場に発する物語だが、その時間・空間の取り扱いの多様性に驚くだろう。『千年万年りんごの子』は限定された空間の、『ぼくらのフンカ祭』は限定された時間(卒業までの期間)の、不思議さや、かけがえのなさを描いている。物語とコマ構成の双方で圧迫感と開放感を自在に操っており、「キャラクターを立てる(動き・魅力を前面に出す)」ことを要求されることの多いマンガ誌上で、魅力的な時空間を提示している。
    「魅力的な時空間」と言えば、すでに国際的評価の高い『闇の国々』もまさにその点が評価され、審査委員全員一致で最初に受賞が決定した。このシリーズが、長い年月をかけて架空の都市・国が創造されており、邦訳され(オーラのある)ハードカバー単行本にまとめられたという旅路には、ロマンを感じる。偶然の縁(つながり)ながら、『闇の国々』の代表的一編『Brüsel』を、大友克洋が総監督を務めたアニメーション映画『MEMORIES』(1995)で引用していたのも忘れがたい。最後まで作品内容優先で審査したが、「審査委員会推薦作品まで含めた約40作が、"現在・日本・マンガ"の"幅"を示すものになっていればよいな」と事前に考えていた。結果的に、それは実現しているはずだ。
  • 伊藤 剛
    マンガ評論家/東京工芸大学准教授
    マンガのゼロ年代、10年代に応える賞として
    相田裕『GUNSLINGER GIRL』と石塚真一『岳 みんなの山』というゼロ年代にデビューをし、その後約十年をかけて完結した2作品が優秀賞となったことは、日本マンガのゼロ年代における達成──それまでの戦後ストーリーマンガの継承とそれへの批評性を持った作品が成功したこと──を正しく評価することができたという意味で、本賞にとってたいへん喜ばしいことであったと考えている。  また海外作品2作品の受賞は話題となるだろう。ことブノワ・ペータース/フランソワ・スクイテン『闇の国々』の大賞については、すでに世界的に評価が定まった作品への贈賞であり、「いまさら」という意見も聞かれるかもしれない。一方、これまでマンガといえば日本のものであり、バンド・デシネ作品は「日本国内のマンガ」とは独立のものであると見られる傾向が強かったことも事実である。だがその傾向は近年、急速に薄れつつあり、大きく日本国内の市場や読者たちが「マンガ」を捉える枠組みのありようの変化と言ってよいだろう。今回の贈賞結果は、まさにこのような状況の反映と言える。  他方、こと国内の作品の選考においては、できるだけ特定の作品形態に偏らないような注意が払われていた。それは審査委員会推薦作品のラインナップに如実に表われており、マンガの発表形態の多様化への対応とも解釈されようが、とかく軽視されがちなギャグマンガや学習マンガへの目配りは、審査委員会のうちで共有されていたことは改めて記しておく。  マンガ発表の形態の雑誌媒体から電子媒体への移行という背景もある。審査委員会推薦作品の山内泰延『男子高校生の日常』が「ウェブで公開されたコンピュータや携帯情報端末等で閲覧可能なマンガ」という枠で応募されたことは記しておきたい。本作は閲覧無料のウェブでの連載発表後、それをまとめた単行本の販売によりマネタイズするというモデルの成功例(十万部オーダーのセールスがあり、テレビアニメーション化もされた)である。紙から電子への移行期にある日本マンガのビジネスモデルを示すものとも解釈できよう。