18回 受賞作品マンガ部門Manga Division

大賞

優秀賞

新人賞

審査委員会推薦作品

審査講評

  • ヤマダ トモコ
    マンガ研究者
    もし過酷な時代がやってきても
    大賞の『五色の舟』を始め、優秀賞、新人賞に並ぶ全8作のうち『春風のスネグラチカ』『羊の木』『どぶがわ』『ちーちゃんはちょっと足りない』『愛を喰らえ!!』の6作(『チャイニーズ・ライフ』も入るかもしれない)が、どうかすると「かわいそう」で、「普通」とはちがう立場にいたりする人たちを描いている。別に示し合わせたわけでもないのに。マンガは世の流れに敏感なメディアだ。そこから選ばれた作品がそうなのだから、何となく、これから大変な時代がやってくることに備えようと、創作の中であれこれ試行錯誤されている感じがして、ちょっと怖くなった。
    だが、実はどの作品も、この世には自分ではどうしようもないことがたくさんあるが、何とか折り合いをつけて生きていく方法を見つけていこう。一見大きな障害も、抱えて懸命に生きる覚悟をすれば、何か新しい道が開けるかもしれない、といろいろな角度から感じさせてくれる作品たちであった。もちろん、嫌な予感は当たって欲しくない。でももし、どうしようもないことに翻弄されることになってしまったら、私は、かの作品の登場人物たちのように果敢に生きていけるだろうか。できればそうありたい、と願う。『五色の舟』への贈賞がとりわけ嬉しい。傑作の多い近藤作品の中でも本当に素晴らしい作品だと思う。『アオイホノオ』は、いつ読んでも思い込みの激しい主人公の「やり過ぎ」を、わははと笑いながら肩の力が抜けていく。笑えば生きる力が湧いてくることを実感させてくれる。原作を愛する監督によるドラマも成功した。功労賞の小野耕世さんは、ここ最近活況を帯びている海外マンガを、長年盛りたててきた、まさに功労者だ。
    今年も、創作物に触れながら得ることのできる豊かなものを、ここに挙げられた作品をはじめ多くの作品からたくさん得た。何を返すことができるのかさっぱり分からないままなのが、恥ずかしいほどに。
  • すがや みつる
    マンガ家/京都精華大学教授
    編集者のいるマンガ、いないマンガ
    本年度の審査には「覚悟」をもって臨むことになった。応募総数が763作品にもなり、一通り目を通すだけでも大変な労力を要することが予想されたからである。
    ただし、昨年に比べて楽になった点もあった。「単行本で発行されたマンガ、雑誌等に掲載されたマンガ」の大半が電子書籍版でも提供されていたおかげで、大量の本を抱えて歩くこともなく、作品を好きな場所で読むことができた。「コンピュータや携帯情報端末等で閲覧可能なマンガ」は、新興のIT 系企業が提供する縦スクロールマンガを中心にした「画面で読むマンガ」と、実績のあるマンガ出版社が提供する「紙でのコミックス化を前提としたマンガ」の2系統に区別された。
    縦スクロールマンガの中には、一回ごとのストーリーの展開が冗長で、読み続けるのに苦痛を覚える作品が多かった。縦スクロールならではのエフェクトを効かせた作品も一部に過ぎず、これでは読者に見捨てられる日も近いのではなかろうか。また、大量の作品を並べるだけで、編集者の影が見えないのも、このジャンルの特徴である。
    それに対し、『ワンパンマン』に代表されるマンガ出版社系の「デジタルマンガ」には、コミックス化を前提としていることもあってか、編集者の関与が感じられた。新興のデジタル勢力が旧勢力に伍(ご)するためには、作品の質をチェックできる編集者の育成が急務ではなかろうか。
    「紙のマンガ」で大賞受賞作となった『五色の舟』といい、新人賞に入った『どぶがわ』や『ちーちゃんはちょっと足りない』といい、理解ある編集者の後押しがなければ雑誌に掲載されにくい作品が、本年度の入選作品には多かった。そこには、マンガ家はもちろんだが、編集者の覚悟や矜持(きょうじ)も感じられ、頼もしい思いがしたものだ。「同人誌等を含む自主制作のマンガ」が「画面で読むマンガ」同様に不作だったのも、もしかすると編集者の存在の有無が関係しているのかもしれない。
  • 斎藤 宣彦
    編集者/マンガ研究者
    次代へと伝わる・伝えるマンガ作品を
    文化庁メディア芸術祭は、映画祭などと同様、自ら応募した作品が審査されるという形式である。マンガ部門が、他部門や映画祭と大きく異なるのは、「完結していない作品が多数応募される」という点だ。これは日本マンガの場合に雑誌連載から単行本化という形で発表されることが(まだ)多く、また、海外からの応募が(まだ)少ないことを意味している。審査委員も最終三年目、年度を代表し、次代へ伝えるべき作品を選ぶべく全力で臨んだ。応募する方にも「時代をつくり、次代へ伝える意志」をもっていてほしいと考えている。今年度応募総数は700作以上。普段から読んでいるとはいえ、ほぼ二か月で数百の新しい作品に目を通すこととなり、応募数は、現行の審査の限界値に達しつつあると思われた。最初に、審査委員の一致した支持を得て大賞が決定した。作品の終幕は、フェリーニ風に余韻嫋々(じょうじょう)、あえて弱いところを挙げれば、設定から想起されるものを越ええなかった点だろう。優秀賞には混乱や困惑が描かれる作品が並んだ。新人賞の作品はどれも男性の委員と女性の委員とで票が割れがちであったが、議論が尽くされた結果である。入賞作に限らず、心身の欠損や喪失が描かれる作品、単巻で読み応えのある作品が多かったことが心に残った。審査委員会推薦作まで見渡せば、日本マンガの主流派である学園・スポーツ・格闘・恋愛・ファンタジーマンガもあり、海外作品、ウェブ・同人誌作品も入ってきて、ジャンル・内容、完結作・連載中の作、長・短篇がさまざまに花開き、競い合っている。突出した作品が孤峰として点在するのではなく、悠々たる山脈が形成されているという印象だ。2014年という時代の空気がパッケージされていると思えるが、どうだろうか。ここに挙げられなかった応募作にも、次代につながる種(タネ)が埋まっていよう。その発芽と成長を作家の側に期待し、それらを見逃がさないことを次年度審査委員に託す。
  • 犬木 加奈子
    マンガ家/大阪芸術大学客員教授
    子どもマンガの不在
    今回の審査では、700本以上の作品数に圧倒され、それらを読むのに一苦労だった。プロ作品は全体的に技術のレベルも高い。ひとつには道具の進化や、海外作品、ゲームなどの高いレベルの絵を目にする機会が増えたこと。そして今や当たり前のように、幼い頃からマンガを読んでいる子どもたちが英才教育を受けるがごとく、成長してきた結果なのだろうと思う。50年前のマンガ家たちが、本という紙媒体の上で見開きのコマ割り構成の研究を続け、流れるように、あるいは走るように、物語の世界に読者を引き込むことに成功して以来、日本のマンガは世界に発信できるメディアとして認められた。しかし残念なことに、本の世界ではこれ以上の進歩は望めない程、完成し切ってしまった感がある。技術的な面だけでなくストーリーに関しても、大きなジャンル分けは既に出尽くしていて、多分野にわたって細分化し、更にいえばマニアック化しているにすぎない。今回特徴的に思えたのは、高学歴の作者、あるいは読者が増えた結果なのか、文学的な匂いのする作品が非常に増えていたこと、そして性や障害を描いたもの、タブーとされていたものが単純な興味ではなくひとつの感性として描き出された作品が多かったことだ。完成度が高くなることは喜ばしいのだが、なぜか寂しさも覚えてしまう。素直に「面白い」と感じる感性も、大事なことであると私は思う。大人たちから眉をひそめられ、「こんなもの」といわれながらも、それをバネに成長し続けたマンガはもうないように思う。そうなると残るは時流に乗った流行と、個人の感性に頼るだけなのだが、同人誌を含め、その感性も既に「大人のマンガ」であるといえる。世に出回るすべての作品がエントリーをしているわけではないので、これがこの賞の特徴なのかもしれないと、今回は自分を納得させてみた。私が一番見たかった未来につながるマンガは、今回賞には選ばれなかったが、ウェブマンガの今後に期待する。
  • 伊藤 剛
    マンガ評論家/東京工芸大学准教授
    多様な作品の豊かな奔流という困難
    本年、目立ったのは、区分ごとの応募状況の大きな違いである。「単行本で発行されたマンガ、雑誌等に掲載されたマンガ」区分が大幅に応募数を増やし、500タイトルを超える作品が集まったのに対し、「同人誌等を含む自主制作のマンガ」の区分が実に振るわなかった。応募数の差のみならず、紙媒体の「同人誌」の低調ぶりは、単行本で発行されたマンガの充実ぶりと実に対照的であった。他方、単行本等の区分の審査では、現在流通しているマンガの「物量」をまさに体感することになった。数が多いだけでなく、実に面白く、充実した内容のものが多かった。しかし、数多くの雑誌が刊行され、大量の単行本が次々と発売される一方、ひとりの読者が出会うことのできる作品数は限られている。つまり、人々の手に取られるまで、スタートラインに立つ以前の困難さが既にあるという状況だ。
    審査に当たっては、各出版社が提供するウェブ上の「試し読み」をかなり活用した。とはいえ「試し読み」の多くが冒頭のみであり、映画の予告篇のような機能を果たしているとは言い難いところがあった。エンターテインメント系連載作品の物語冒頭は登場人物を印象づけたり、状況を説明することなどに終始することが多く、機能的に導入を果たすため構造が似通い、作品の「よさ」が伝わらないという逆説が起きている。今後もウェブ上の「試し読み」は、電子書籍販売のウェイトが増えるに従い、重要になってくるものと思われるだけに、いささか残念に思った。
    またウェブといえば、韓国由来の「ウェブトゥーン」と呼ばれる形式の連載マンガが数多く応募されたことは記しておいてよい。縦にスクロールするひとつのファイルを用い、一方向に連なるコマを読ませる形式である。残念ながら今回は授賞に至る作品はなく、かつ紙媒体のマンガでは普通に用いられる複雑な視線誘導という装置が使えないぶん、ハンデは大きいと思われるが、今後の新しい形式としての可能性は見ておくべきだろう。